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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#059 霧に埋もれそうだった名曲で“賭け”に勝ったレコード会社のしたたかな戦略~エロール・ガーナー『ミスティ』編

アール・ハインズやファッツ・ウォーラーといったジャズ黄金期を支えたピアニストの系譜を継承しながら、ジャズのスタイルがビバップへと移行する時期に独自のリズム感とメロディックな表現でポピュラリティを獲得した名手として知られるエロール・ガーナーの名をジャズ史に刻む大きな要因となったのが、本作冒頭を飾る彼のオリジナル曲『ミスティ』でした。

実はこの『ミスティ』が収録されたアルバムには、いろいろとミスティ=霧に覆われた、もやもやとした謎があったので、演奏に潤されながらもスカッと(霧が晴れるように)解明してみましょう。


Misty

アルバム概要

タイトル曲『ミスティ』(と『ユー・アー・マイ・サンシャイン』)は1954年7月に米シカゴのスタジオでレコーディングされ、翌1955年に全11曲のLP盤『コントラスト』としてリリースされました。

そしてこの『コントラスト』とは別に、前記2曲を含む全10曲(『コントラスト』収録のものとは別の8曲を収録)で1961年にリリースされたのが『ミスティ(Plays Misty)』です。

『コントラスト』『ミスティ』ともオリジナルは12インチLP盤です。

いずれも同曲数同曲順でCD化されています。ほかに、ボーナス・トラックがあるものや、カセットテープでのリリースもありました。

メンバーは、ピアノがエロール・ガーナー、ベースがワイアット・ルーサー、ドラムスがユージン・ファッツ・ハートというトリオ編成で1954年7月のレコーディングに臨み、コンガのキャンディド・カメロが参加している異なる年代/メンバーのトラックもあります。

『ミスティ』の収録曲は10曲中9曲がジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーで、『ミスティ』1曲のみエロール・ガーナーのオリジナル曲です。

“名盤”の理由

『コントラスト』をリリースしたエマーシー・レコードは、『ミスティ』をリリースしたマーキュリー・レコードのジャズ部門として1954年に設立されたレーベル。

その経緯から推察すると、ポピュラー音楽畑のレコード会社がジャズ・シーン進出への一策として“売れ筋”のエロール・ガーナーに白羽の矢を立て、彼の人気が高まったタイミングで、人気曲の『ミスティ』を前面に押し出した“編集盤”をリリースしたのではないか、と。

エロール・ガーナーにシーンの注目が集まることになったのは、『ミスティ』に歌詞を付けて歌ったジョニー・マティス(1950年代末から70年代にかけて米ヒットチャートを賑わせたポピュラー・シンガー)によるカヴァーが1959年にチャートの12位を記録したからでした。

エマーシー・レコード、あるいはその親会社であるマーキュリー・レコードの戦略会議では、おそらく「この機を逃してなるものか」と、あれこれ企画が練られたことでしょう。

エロール・ガーナーの新録も、もちろん候補に挙がったでしょうが(実際にこの曲は後々まで彼の重要なレパートリーになりました)、「これが(きっとジョニー・マティスも参考にしたであろう)あのヒット曲のオリジナルなのだ!」と売り出したほうが、費用対効果がいいに違いない──という結論に至ったのではないかと思うのです。

いま聴くべきポイント

『ミスティ』という曲は、エロール・ガーナーがサンフランシスコからシカゴへ向かう飛行機のなかで、窓から見えた景色に着想を得て生まれたというエピソードが残っています。サンフランシスコといえば“霧”で有名な街ですからね。

それが1954年、つまり『コントラスト』のレコーディング時期に重なることから、おそらく彼がスタジオに向かう途中で浮かんだメロディを披露してみたら周囲も気に入ったので、ついでにレコーディングしようという話になり、そのままアルバムに収録されることになった──。

そうであれば、2分45秒という曲の短さも納得できる気がするのです。

レコード会社にとって、未発表オリジナル曲の収録は“賭け”という面も大きかったと思いますが、インタールード(=間奏曲)的な短い曲ならリスクも少ないと考えたのかもしれません。

『ミスティ』初出のアルバム『コントラスト』ではB面5曲目というオマケ的扱いの位置での収録だったことからも、そのことを推察できるでしょう。

でも、その“賭け”に見事に勝利し、本作収録の『ミスティ』という曲はジャズ史に残る名曲&名演奏として注目され、レコード会社(の売上)にも大きく貢献してくれた、というわけです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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