Web音遊人(みゅーじん)

Real Sound Viewing

夭逝したチェリストの生前の演奏を生の音で再現~「Real Sound Viewing」の新たな挑戦

亡き息子の演奏をよみがえらせたい──。そんな両親の思いから生まれた「音楽とテクノロジー企画~弦楽器演奏の再現~」が2025年7月6日(日)、ヤマハ銀座コンサートサロンで開催された。
これを実現したのは、ヤマハ独自の技術「Real Sound Viewing」。アーティストの演奏をデジタル化して記録し、その電気信号を振動に変換することでアコースティック楽器が自動演奏して生の音で再現する。さらに、同企画は録音済みの音源から生音を再現する「Real Sound Viewing」初の試みとなる。

夭逝したチェリストの生前の演奏を生音で再現

将来を嘱望されつつ、2023年春、白血病のため21歳でこの世を去ったチェリスト、山本栞路(かんち)さん。今回の試みは、生前に録音された栞路さんの演奏を「Real Sound Viewing」によって生音で再現するというものだ。
「Real Sound Viewing」はヤマハ銀座店2階のカフェラウンジに常設展示されており、生前の栞路さんは母の昌代さんとともにそれを鑑賞している。そして栞路さん亡き後、昌代さんとともに父の昭夫さんもヤマハ銀座店を訪れ、その技術に感銘を受けてヤマハに相談をしたことから、今回の挑戦がスタートした。
今回の企画では、栞路さんの演奏をよみがえらせ、その演奏を、主にゆかりの方々にお披露目する。

栞路さんが愛用したチェロ

ステージにセットされた栞路さんのチェロには自動演奏装置が取り付けられた。

ステージに置かれたのは、栞路さんが使っていたチェロに自動演奏装置を取り付けたもの。『涙そうそう』『愛の賛歌』、バッハ『無伴奏チェロ組曲第3番 プレリュード、ジーグ』、さらにアンコールとして『翼をください』の全4曲が披露された。チェロの背後にある大型スクリーンには、演奏する栞路さんの姿が映し出される。
その大らかな響きに会場中が惹き込まれていくのがわかった。演奏のニュアンスまでも見事に再現され、伝わってくる。屋外で撮影された演奏では、風の音も加わってあたかもその場に身を置いているかのような臨場感を味わうことができた。振動が生み出す生音だからこそ、聴き手の心を震わせる。まさに「Real Sound Viewing」の真骨頂だ。

Real Sound Viewing

スクリーンに映し出された栞路さんとともに、自動演奏のチェロが本人の演奏を再現。

「演奏家の魂まで再現されるような気がしました。魂がみなさんに伝わり、語りかけが聴衆に届いていく。ライブは観客とともにつくるといわれていますから、今回も唯一無二の公演になったと思います」父の昭夫さんはそう語る。

山本昭夫

山本栞路さんの父、昭夫さん

「Real Sound Viewing」が生み出すさらなる価値

これまでは「Real Sound Viewing」を用いて保存・再生することを前提にライブ会場で収録された音源データが使われてきた。しかし、今回は、レコーディングの環境ではない場所でスマートフォンやホームビデオなどで録音した音源を生音に再現。これは「Real Sound Viewing」史上、初の挑戦だった。
「Real Sound Viewing」の開発者である柘植秀幸さんは、この挑戦について手応えと可能性を感じている。

柘植秀幸

ヤマハの柘植秀幸さん

「プロフェッショナル用のマイクで収録した音源とは違い、高音が入っていない、低音が強調され過ぎているなど、足りない成分や過剰な成分がたくさんありました。それを補完し、データ化して再現するのに苦労しました。ご両親にヒアリングしながら、たとえば『もっと包み込むような音色』というフィードバックをいただいたときは、その『包み込む音』を再現するために試行錯誤し、調整を繰り返しながら実際の演奏に近づけていきました」
今回の取り組みは、「音楽を無形文化遺産」として保存することを目的とする「Real Sound Viewing」の象徴的なものであり、この技術が社会に貢献する可能性を広げることにもつながる。
AIによる音源分離の向上など技術の進化とともに「Real Sound Viewing」もブラッシュアップし続ける。将来的には、レコード会社やアーティストがすでに保存している音源に新たな付加価値を生み出すことも可能になるかもしれない。


「愛の賛歌」山本栞路 Hymne à l’amour ( Yamamoto Kanchi)

■Real Sound Viewing関連記事

ライブ体験を無形の音楽・文化資産として後世に遺す「ライブの真空パック」アンバサダーにLUNA SEAが就任

photo/ 宮地たか子

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:新妻聖子さん「セリーヌ・ディオンの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

今月の音遊人

今月の音遊人:新妻聖子さん「あの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

22443views

ボブ・ディラン

音楽ライターの眼

ボブ・ディランがFUJI ROCK FESTIVAL’18に登場

6834views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

21170views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

6914views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12295views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

11730views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27066views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12473views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11647views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

9020views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6066views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35027views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5636views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21791views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase30)フォーレ「ピアノ四重奏曲第2番」、レクイエムへのアルペジオ、センチメンタルな陽水

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase30)フォーレ「ピアノ四重奏曲第2番」、レクイエムへのアルペジオ、センチメンタルな陽水

1846views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

28185views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

9334views

楽器探訪 Anothertake

ピアニストの声となり歌い奏でる、コンサートグランドピアノ「CFX」の新モデル

6716views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

11489views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9656views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

23764views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10348views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35027views