今月の音遊人
今月の音遊人:東儀秀樹さん 「“音で遊ぶ人”といえば僕のことでしょう。どのような楽器の演奏でも、楽しむことだけは忘れません」
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音楽の“熱気”を感じるヘッドホン。オルソダイナミックドライバー採用の「YH-4000」登場。
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2025.10.22
2022年に発売された「YH-5000SE」は、1970年代にヤマハがいち早く実用化した平面磁界型ドライバーである「オルソダイナミック」を現代の技術で再設計して搭載したフラッグシップモデルヘッドホンだ。平面磁界型ならではの応答性の高さは、微妙なニュアンスや繊細な空気感の再現を可能にするなど、音質において高い評価を得た。また、大型ハウジングを持つヘッドホンとしては約320gという軽量を実現したこともあり、長く聴いていても疲れない、装着感や使用感に優れるといった評価も得ている。
「オルソダイナミック」を採用したヘッドホンのシリーズ化の要望も多いなか、さっそく第2弾となるモデルが登場した。それが「YH-4000」だ。「オルソダイナミック」の良さを受け継ぎながら、「YH-5000SE」とは異なる音作りとして、その可能性を広げるモデルだ。

YH-4000(左)とYH-5000SE(右)。
「YH-4000」で採用されている「オルソダイナミックドライバー」は「YH-5000SE」とほぼ共通。音作りのため、ドライバー内部の吸音材をなくしているが、独自開発の薄膜振動板や振動板の両面に施したコイルパターンと微細なコルゲーションなどの特長はまったく同じだ。マグネシウム製の大型ハウジングもほぼ共通。ヘッドバンドやアームなどのパーツも共通で、好評であった約320gの軽量設計や優れたフィット感と快適な装着性などもそのまま受け継いでいる。価格は42万6800円(税込)だ。
「YH-5000SE」は最上位モデルということもあり、付属のケーブルなどは豪華な装備となっていたが、「YH-4000」ではより多くの人に届けるモデルとすることで装備を一部簡略化。「YH-5000SE」では、レザータイプ、スエードタイプの2種類が用意されたイヤーパッドは、レザー+スエードの新開発のもの1種類となり、接続ケーブルは2mの銀コートOFCケーブル(アンバランス)のみ。そして持ち運び用のキャリングケースが付属する。2種類のケーブル(バランス、アンバランス)やヘッドホンスタンドが付属する「YH-5000SE」とは装備品が異なっている。
そして、気になる変更点としては、圧延平畳織ステンレスフィルターがPETメッシュフィルターになっていること。これは密度感のある中域とタイトな低域を実現するため、網目の細かさが異なる複数の候補から試聴を繰り返して選定されたものとなっている。
また、イヤーパッドは新規に開発されたもので、正面部の肌に触れる部分は人工スエード素材とし、外周部は柔軟性の高い人工レザーとしている。これは、スエード素材のウォーム感とレザー素材特有の解像感を両立することが狙い。そして全面にパンチング加工を施すことで、広がり感のある音も実現している。これらによって、「YH-4000」は音のキャラクターの異なるモデルに仕上がっているのだ。
「YH-5000SE」と比べると、豪華な装備は簡略化され低価格としているものの、肝心な部分はほぼ共通であり、「YH-5000SE」の低価格版というよりも、音の方向性が異なる派生モデルになっている。
なお、ケーブルはオプションとなってしまうが「YH-5000SE」用のバランス接続ケーブルなどが使用可能。さらにイヤーパッドも「YH-5000SE」のものと共通仕様で交換可能だという。

「YH-4000」で採用された「オルソダイナミックドライバー」(上左)。音楽の躍動感を忠実に表現する超軽量薄膜振動板(上右)。「YH-5000SE」との違いは内部の吸音材の有無のみ。

人工レザーと人工スエードを融合した作りのイヤーパッド(左)。付属のケーブル(右)。

ハウジングのフレームにはマグネシウムを採用。約320gという軽量でありながら優れた剛性を兼ね備える。
「YH-5000SE」は音場の広さや空間再現、個々の音の分離の良さ、そして平面磁界型の特徴的な長所を存分に味わえるほか、音のキャラクターとしても低域から高域までフラットなバランスのHiFi志向である。対して「YH-4000」は、平面磁界型の良さはキープしながらも、音像をより近くに感じられるダイレクト感や音楽の熱気をぞんぶんに味わえる方向に仕上げたという。音楽ジャンルでいうと、クラシックやジャズなどに向くのが「YH-5000SE」で、ロックやポップス、ボーカル曲に向く音に仕上げたのが「YH-4000」だという。
実際に音を聴き比べたので、その印象についても紹介しよう。
まずは聴き慣れたクラシック曲を聴いてみた。「YH-5000SE」は緻密さが印象的だ。バランスはフラットでオーケストラの各楽器の音色の再現も忠実感のあるものだし、コンサートホールの響きや空間の再現も見事だ。一般的な平面磁界型ヘッドホンと比べて優秀だと感じるのは空間感や個々の音像の再現が緻密で、出音の勢いやスピード感、切れ味が鋭いこと。整然として落ち着いた音でありながら、雄大な迫力やテンポ感の変化、生き生きとした音楽の躍動を感じる。
「YH-4000」は本当に同じドライバーを使った兄弟モデルかと思うくらい印象が違う。まずは音が近い。響きのよいホールの中央あたりの客席で聴くのが「YH-5000SE」だとすれば、「YH-4000」は最前列の客席でオーケストラが目の前に居るような感覚だ。そのぶん、音像は厚みがあり、弦楽器の弦を擦る感じ、木管や金管の息を吹き込む感じが伝わるような明瞭でくっきりとした音になる。もともと反応のよい音はよりダイレクトで、打楽器のバチっとした最初のアタックの勢いや力強さまでよく伝わる。
映像に例えると、ホールの後方にカメラを置いてほぼ固定視点で整然とオーケストラの様子を描くか、ズームを多用して各パートの演奏を素早く切り替えながらその手元の指の動きまでクロースアップで見ているかのような違いになる。こうした違いは確かに、クラシックやアコースティック楽器のライブ音では「YH-5000SE」の方が好ましいとか、「YH-4000」くらいに目の前で音楽を感じたいかで好みが分かれるところだろう。
ポップスやロック系の楽曲になると印象はさらに大きく変わる。米津玄師の『Plazma』を聴くとボーカルの距離感がはっきりと違うことがよくわかる。「YH-4000」では音像としての明瞭度や音の厚み、迫力にも違いがあるが、息継ぎなどのニュアンスもより豊かで目の前で聴いている感じになる。そして、ビートの力強さや迫力もパワフルだ。バランスでいうと中域から低域がより厚みがあり、音色としても熱気が伝わるホットさがある。音が塊になって飛んでくるような迫力があるが、それぞれの音が混濁してしまうようなことはなく、音像のセパレーションや録音で意図されたステレオ感はキープしているので、ボーカルはしっかりと目の前に立つし、ベースが埋もれて聴き取りにくいというようなこともない。HiFi寄りの真面目なリスニングをしていても、ステレオ感や空間感は十分な再現をしつつ、個々の音像の厚みや迫力、躍動感がより高まっていると感じた。
そしてLiSAの『残酷な夜に輝け』では、歌声に痺れる。力強く歌い上げるときの抑揚や声量もぞんぶんに味わえるし、トーンを落としてせつせつと歌い上げるときのニュアンス豊かな歌唱も見事だ。この曲は曲調が変化していくのも面白さだが、そうした変化がより生き生きとダイナミックなものに感じられる。ロック調の曲なので伴奏のドラムやベースもかなりパワフルに鳴るのだが、迫力はあっても音が曇るようなことはないし、ボーカルが聴きづらいということもない。これを「YH-5000SE」に戻して聴いてみると、より整然としたバランスで、もちろん熱気や曲調の変化も正確に再現するが、「YH-4000」に比べるとどこか冷静で落ち着いたムードになる。細かな違いでは優秀さも感じるが、トータルでの印象というと、映画を見終わったときの胸が熱くなるような感覚、楽曲に夢中になってしまう感じは「YH-4000」の方が上だ。

自分だけの音楽の世界により深く浸り、身に着けていることを忘れてしまうような自然で快適な装着感を実現している。
“ヘッドホンの音”というと、ドライバーや振動板によるものが多いと思われがちだが、トータルでの音は、ハウジングの設計やイヤーパッドの素材、作りなど、さまざまな要素によって変化する。同じ「オルソダイナミックドライバー」なのに、音のキャラクターがここまで違うのも驚きだし、「YH-5000SE」に通じる良さもしっかりと感じられるのは音作りの巧みさを強く実感する。「YH-4000」は若手のエンジニアが中心となって開発したモデルだそうだが、ただ若い人により好まれやすい音とするのではなく、「YH-5000SE」とは別の視点から「オルソダイナミックドライバー」の良さを引き出したことにも感心する。
「YH-5000SE」は優れたヘッドホンだが、単独だといわゆるオーディオマニアが好む音の良いヘッドホンということになりかねない。「YH-4000」が登場したことで、「オルソダイナミックドライバー」はオーディオよりも音楽が好きという人たちにもおすすめできる豊かな表現力を持っているとわかるだろう。「YH-5000SE」との聴き比べも興味深いし、好きなアーティストがいて、そのライブコンサートにもよく行くという人は、ぜひ「YH-4000」の音を聴いてみてほしい。ライブならではの迫力や熱狂がヘッドホンでも体験できることに気づいてもらえるのではないだろうか。

YH-5000SEにも搭載されたヤマハ独自の「オルソダイナミックドライバー」を採用し、その新たな魅力を生み出したハイエンドヘッドホン。
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文/ 鳥居一豊
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tagged: ヘッドホン, YH-5000SE, YH-4000, オルソダイナミック
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