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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#75 セックスシンボルとのレッテルを貼られても見えるシンガーとしての実力~ジュリー・ロンドン『彼女の名はジュリー』編
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2025.12.17
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, ジュリー・ロンドン
ジェンダー・フリーが浸透しつつある現代では、あるキャラクターをして不用意な“女性らしさ”をクローズアップするような設定はコンプライアンス的に問題アリですが、昭和後半から平成にかけてはまだまだそうしたジェンダー・バイアスがまかり通っていたというのも事実。
このジュリー・ロンドンという女性ジャズ・シンガーも(“女性”ジャズ・シンガーという言い方もそろそろ“アウト”ですね……)、シーンに登場した80年ほど前には、その(アメリカで大衆受けする)美貌と、(性的な魅力を想起させる)ハスキーな声を最大のセールスポイントにして、アメリカ国内だけでなく日本での人気も獲得しました。
そんな彼女のデビュー作にして代表作となった本作の魅力を、“色メガネ”を外して評価し直してみたいと思います。
1955年に米カリフォルニア州ロサンゼルス・ハリウッドのユナイテッド・ウェスタン・レコーズというスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面6曲B面7曲の全13曲)でリリースされています。1955年発売時はモノラル版で、1960年のリイシューでステレオ版も販売されるようになりました。同曲数同曲順でカセットテープ版やCD化もされています。
メンバーは、ヴォーカルがジュリー・ロンドン、ギターがバーニー・ケッセル、ベースがレニー・レザーウッド。
収録曲は、ほとんどがジャズ・スタンダード・ナンバーと呼ばれるポピュラーな楽曲ですが、『クライ・ミー・ア・リヴァー』はこのレコーディングが初出です。
1955年に制作が進行していた映画『皆殺しのトランペット(原題『Pete Kelly’s Blues』)』の挿入歌として、作曲家のアーサー・ハミルトンが持ち込んだのが『クライ・ミー・ア・リヴァー』。
ところが、劇中でエラ・フィッツジェラルドが歌うはずのこの曲は、なぜかボツになってしまいます。おそらく「場面にマッチしない」というような判断だったのでしょう(ちなみに、ハミルトンの別の曲は採用されています)。
推察するに、“曲が立ちすぎる”ためだったのではないか──というのも、この曲をボツにしたことにモヤッとしていた人物がいたからです。
その人物とは、映画『皆殺しのトランペット』の監督・主演を務めていたジャック・ウェッブ。
実は彼、ジュリー・ロンドンの“元旦那”だったのです。
1940年代、その美貌を評価されて映画界で活動を始めたジュリー・ロンドンでしたが、役には恵まれず、1947年に当時は役者だったジャック・ウェッブと結婚。
1953年に離婚して芸能界に復帰。ジャズ・ピアニストでシンガーソングライターのボビー・トゥループの指導を受け、本格的なジャズ・シンガーとしてのキャリアをスタートさせます(ちなみに、彼女とボビー・トゥループはバツイチ同士で1959年に再婚しています)。
本格的なジャズ・シンガーとして再出発しようとする元妻のためにプレゼントしたのが、自分の映画ではボツにせざるをえなかった『クライ・ミー・ア・リヴァー』なのです。
『クライ・ミー・ア・リヴァー』が凡作だからボツになったのではない証拠に、この曲はアルバム・リリースに先駆けてシングルカットされ、「ビルボード」誌のヒットチャート9位に上り詰めるなど大ヒットを記録。ゆえに、“曲が立ちすぎる”ための映画挿入歌不採用だったのではないかと考察したわけです。
もちろん曲だけでなく、それを歌ったジュリー・ロンドンの魅力が加味されたからこそのヒットだったことは間違いありません。
こうしたヒットの条件が重なることによって、本作はハリウッド(女優)系女性ジャズ・シンガーの“決定版”とも称される“名盤”になったのです。
女優では芽が出なかったから歌手としてやりなおしたらヒットに恵まれた──というステレオタイプなシンデレラストーリーにあてはまらないことが、本作が“名作”であり続ける理由でもあると思っています。
というのも、たとえば本作収録の「恋のムードで」のエンディングに注目してみてください。
最後のワン・センテンス、終止に向かって半音下げるコード進行を見事に表現した歌唱テクニックこそが、ジャズ・シンガーとして本領だと言えるからです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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