今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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凄まじいパガニーニの演奏に、観衆が拍手喝采を贈る。
そんなシーンを予想して、裏切られた。彼の神がかった超絶技巧は、それをはじめて聴く人々には理解し難く、彼は嘲笑と罵声を浴びていた。金も名声もない、自堕落な日々。
そこに突然現れたのが、ウルバーニという謎めいた男だ。彼は、パガニーニを世紀のヴァイオリニストにしてやると自信満々に言う。交換条件は、ただひとつ。
「あの世で会えたら恩を返してくれ」
ウルバーニの予想どおり、母国イタリアで瞬く間に人気を博したパガニーニは、遂にイギリスへ渡る。
ウルバーニの宣伝戦略は、現代に通じるものがあっておもしろい。「悪魔に魂を売った男」「愛人を殺した罪で入れられた監獄で、G線1本でヴァイオリンを弾いていた」といったセンセーショナルな噂を流し、不道徳だと女性運動家たちが反対運動を起こすのをほくそ笑んで、さらに煽り立てる。炎上商法だ。そして、ふらりと酒場に出かけて、地元の奏者たちに混じって即興で驚愕の演奏を見せつけ、風のように去るゲリラライブを敢行。そうして前評判を沸騰させ、コンサートチケットの売り上げを伸ばしていく。
ウルバーニの扮装は、シルクハットに黒マント。時代背景を考えるとさほど違和感はないが、その妖しげな表情と相まって、どこか悪魔的な雰囲気を醸し出している。なにか仕掛けのありそうな交換条件の下に、望外な成功を超人的なペースでもたらしてくれるのも、悪魔との契約を匂わせる。
対するパガニーニは、長髪、サングラス、黒のロングコート。まるでロックンローラーだ。このちぐはぐなふたりが、霧深く薄暗いロンドンの街を歩く姿は、目の前の成功の、さらに向こうに、なにか闇が待ち受けているような予感を秘めている。それは、パガニーニが激しく一途な恋に落ちても払拭されない仄暗さだ。
観客をぐいぐいと惹きつけるストーリーをさらに膨らませているのが、それに絡まる見事な音楽。それは、パガニーニを演ずるのがスーパーヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレットだからだろう。8歳ですでに国際的なオーケストラと共演し、クラシックのみならずロックとのクロスオーヴァーなどにも挑む彼の演奏は、まさに超絶技巧。デカダンスな美を感じさせる風貌も相まって、海外ではすでに大人気の彼が日本でブレイクする日も近いだろう。
そんな21世紀の現役スーパーヴァイオリニストが、伝説のヴァイオリニストを吹き替えなしで演ずる贅沢に、ぜひ聴き入ってほしい作品だ。