Web音遊人(みゅーじん)

クロイツァーの記憶

クロイツァーが亡くなる一ヶ月前に弾いたピアノを発見、60年の時を経て当時の音色が蘇る/CD『クロイツァーの記憶』

60年前に日本楽器製造(現ヤマハ)によって製造されたフルコンサートグランドピアノの音色を鮮やかに蘇らせた、歴史的なCDがリリースされた。収録曲は、当時、日本で演奏活動を行っていた「ある巨匠」が、死の一ヶ月前に一夜で演奏したものと同じもの。当夜のプログラムが残っていたため、二人のピアニストによって演奏順に再現された。
ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番《ワルトシュタイン》、モーツァルト:ピアノソナタ第11番、ショパン:バラード第3番、マズルカ第13、34番、ワルツ:第11、5番、ノクターン第5番、ポロネーズ第6番、そしてシューマン:謝肉祭全曲という、一夜のリサイタル・プログラムとしては現代では考えにくいボリュームだ。

この興味深い選曲、曲順、そして曲数のプログラムを演奏した「ある巨匠」とは、1884年サンクト・ペテルブルクに生まれ、1935年に日本に移り住んで東京音楽学校(現東京藝術大学)で教鞭も取った世界的ピアニスト、レオニード・クロイツァー。
「クロイツァーの弾いたピアノが現存しているらしい」という噂を耳にした音楽学者・音楽プロデューサーの瀧井敬子氏が調査、研究を行い、2013年についに岡山県でピアノを発見(写真上)。ピアノ製造から60年という節目の年に修復、再生した。修復は瀧井氏の要望のもと、製造当時の状態を復元することを第一の目的とし、部品交換を極力避け、金属部分の錆を落としてひたすら磨き上げられた。

この「クロイツァーの弾いたピアノ」の製造番号はFC-54000。クロイツァー自身によって選定され、1953年に岡山県の天満屋デパート内に新設されたホール、葦川(いせん)会館のこけら落としで演奏された。戦後わずか8年。音楽文化に渇望していた市民にとって、それは音楽の喜びと感動に満ちた演奏会であったに違いない。

その当時のFC-54000はいったいどんな響きをもっていたのだろう。そんな興味に応えてくれるのが、製造当時の状態に復元されたFC-54000を使用し、クロイツァーのリサイタル当夜のプログラムを収録した記念すべき2枚組のCD『クロイツァーの記憶』だ。現代の匠たちの高度な技術によって復元されたFC-54000を使用し、岡山県真庭市にある本格的な音楽ホール「エスパスホール」で収録された。CDから流れる木のぬくもり漂う深みのある心地よい音色は、60年の時を超えて、当時の感動と喜びをも私たちに届けてくれる。

クロイツァーの記憶

当時のプログラム

本作で演奏を担当したのは新進気鋭のピアニスト、佐野隆哉、川﨑翔子の2人。「繊細で優美な音も、このピアノから感じ取って貰えたら」と佐野氏は語り、「このピアノでなければ叶わなかった表現もある」と川﨑氏はリーフレットに綴っている。

また、プロデューサーの瀧井氏が執筆したこのピアノのヒストリーも読み応え充分。クロイツァーのピアノを切り口に、日本の音楽文化の礎にも触れることができる。
亡くなる一ヶ月月前に、一夜で弾かれたというこのプログラムを瀧井氏は「クロイツァーが巨匠と言われるゆえん。レパートリーの豊かさと、それがいかに身体に染み込んでいるかの証」と語る。
歴史あるピアノの音色を聴き、クロイツァーが命をそそいだであろうコンサート当夜の演奏に想いをはせると、じみじみと深い感動が湧いてくる。多くの音楽ファンにぜひ聴いていただきたい、おすすめのCDだ。

ところで「クロイツアーの弾いたピアノ」FC-54000は、CD収録とそのお披露目コンサートの後、発見された場所、総合医療福祉施設「旭川荘」のなかにある「厚生専門学校」内「リズム棟」に戻され、現役のピアノとして演奏されている。

■アルバムインフォメーション

クロイツァーの記憶
『クロイツァーの記憶』
発売元:Studio N.A.T
発売日:2016年7月20日
価格:3,200 円(税抜)
詳細はこちら

 

特集

今月の音遊人:馬場智章さん

今月の音遊人

今月の音遊人:馬場智章さん 「どういう状況でも常に『音遊人』でありたいと思っています」

3097views

ジョージ・ハリオノ

音楽ライターの眼

チャイコフスキー国際コンクール第2位の若き天才ピアニストが待望のヤマハホール・デビュー!!/ジョージ・ハリオノ ピアノ・リサイタル

678views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11085views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2336views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12359views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14513views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19133views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10724views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14759views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

8119views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

8214views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9944views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9628views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13822views

音楽ライターの眼

AIジャズの嚆矢は20年前の東京ザヴィヌルバッハだったんじゃなかろうか?

3364views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

3508views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

4918views

CP88/73 Series

楽器探訪 Anothertake

ステージで際立つ音色とシンプルな操作性で奏者をサポート!最高のライブパフォーマンスをかなえるステージピアノ「CP88」「CP73」

15686views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

13595views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8092views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

289489views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10724views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25128views