今月の音遊人
今月の音遊人:小沼ようすけさん「本気で挑まなければ音楽の快感と至福は得られない」
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坂本龍一の5年間を追いながら、「音、音楽」の存在と意味を問いかけるドキュメンタリー映画/『Ryuichi Sakamoto: CODA』
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2017.10.26
tagged: 映画, 坂本龍一, ドキュメンタリー, Ryuichi Sakamoto: CODA, async, out of noise
音とはなにか、音楽とはなにか。音楽を少しでも追究しようと考える者であれば、必ず行き当たるこの命題が、映画の中で地下水脈のように流れている。
音楽家・坂本龍一の約5年間(2012〜2017年)を追ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』は、観る者に静かな時間の流れを追体験させながら、あちらこちらでそっと、背後にいる何者か(ミューズの女神様?)が「音楽って何だろうね」と囁きかけてくる作品だ。
たとえば、映画の冒頭、坂本は宮城県名取市で、津波の被害を受けながらも“生き残った”一台のグランドピアノを弾く。ピアノ線は緩んで調律も狂っているという、使い物にならない状態だ。坂本は調律ハンマーを使い、それを少しずつ直していく。
筆者はその音を聴き、不思議な世界に誘惑されそうな香りがすると感じたのだが、完璧な調律が施された音でないと違和感をおぼえる方には単に「不快な音」に感じられるかもしれない。しかし映画の後半において坂本は、人間の手が加えられることによって成立している現代の社会について触れ、「(津波に呑まれたことで)自然が調律し直してくれたピアノ」だと指摘する。
そうした「音」という事象の根源的な存在意義、そして捉え方を再考させてくれるきっかけが、この映画にはあるということだ。
近年のオリジナル・アルバム『out of noise』(2009年)と『async』(2017年)の精神に触れるような場面も多い。
シンバルやゴングなどの打楽器を弦楽器の弓で“弾き”、美しいノイズを生み出すシーン(現代音楽では当たり前のように使われている手法だが、あらためてセンシティブな音に魅了される)。雨の降る中、部屋の外に出て集音をしたり、自らがバケツをかぶって音を楽しむシーン。北極圏へと足を運び、氷原の中で純度の高い水の音を採取するシーン。
そのたびに「音の存在価値」について問いかけられるのだが、そこで何かを得た者は、劇場から外へ出た瞬間から、日常の環境音に敏感になっていることに気づくだろう。
もちろん、坂本の活動をずっと追い続けてきたファンにとっても、思わず身を乗り出してしまう場面はたくさんある。イエロー・マジック・オーケストラのライブ、映画『ラストエンペラー』のサウンドトラック録音風景、『シェルタリング・スカイ』や『レヴェナント:蘇えりし者』等の映画音楽に対する姿勢、原発の再稼働反対運動を含む環境問題への提言、そして自身の病気……。
そうしたクロニクル的な編集にも心を奪われながら映画は進んでいくが、それでもなお「音って何だろうね」というテーマへと、また戻っていく。
映画の中盤、坂本は自室のピアノに向かい、ヨハン・セバスティアン・バッハのコラール『主イエス・キリストよ、私は汝の名前を呼ぶ』(BWV639)を演奏する。アンドレイ・タルコフスキー監督の映画『惑星ソラリス』で使われ(スクリーンには映画の一場面も映し出される)、不思議な瞑想的感覚を与えてくれる音楽だ。
それが、病を得た後に新しい探求(仕事)へと向かう、ひとつの出発点になっていく。J.S.バッハのコラールはやがて坂本自身の感性を経てオリジナルのコラールを創造し、それがアルバム『async』の中に活かされるからだ。そうした意味で、この『Ryuichi Sakamoto: CODA』という映画は『async』のメイキングであることも否定できないのだが(ゆえに、CDを気に入った方にはさまざまなヒントがある)、それは表面的なことでしかないのだろう。
映画のテーマとは関係のないところでひとつ。瓦礫の山が積み上がった被災地に立つ坂本を映し出す中、荒涼とした光景のバックで、ヒバリだろうか小鳥のさえずりが絶えず聞こえていたのは妙に印象深かった。それもまた地球が奏でる「音、音楽」なのだ。
もしかするとこの映画、観る者のアンテナ感度を調律する作品なのかもしれない。
『Ryuichi Sakamoto: CODA』アメリカ・日本 2017年
2017年11月4日(土)より、角川シネマ有楽町、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国公開
監督:スティーブン・ノムラ・シブル
出演:坂本龍一
配給:KADOKAWA
文/ オヤマダアツシ
photo/ 2017 SKMTCOC,LLC
tagged: 映画, 坂本龍一, ドキュメンタリー, Ryuichi Sakamoto: CODA, async, out of noise
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