今月の音遊人
今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」
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ジョージア(旧グルジア)はピアニストをはじめ、さまざまな分野で実力派の音楽家を多数生み出している音楽の国である。そのジョージアから、若きピアニストが国際舞台へと飛翔した。2014年にオランダ・ユトレヒトで開催された「リスト国際ピアノ・コンクール」において、優勝の栄冠に輝いたマリアム・バタシヴィリである。
優勝以来、マリアムは「リストのスペシャリスト」と称され、各地で活発な演奏活動を展開している。さらにワーナークラシックスと専属契約を結び、『リスト、ショパン』のアルバムでデビューを飾る(9月3日、輸入盤CD、デジタル同時配信)。
その彼女が7月19日・20日にすみだトリフォニーホールで行われた上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団のトパーズ(トリフォニー・シリーズ)に登場。サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番を演奏した。
このコンチェルトはあまり演奏される機会には恵まれないが、ロシアの偉大なピアニストで指揮者でもあったアントン・ルービンシュタインが自ら指揮する演奏会のために長年の友人であったサン=サーンスに依頼したもの。サン=サーンスは、初演だけは自分がソロを弾くことを条件に引き受け、17日間という短期間で仕上げた。曲は3楽章形式で、ピアノのカデンツァから始まり、フォーレから借用した舟歌風のメロディが出てきたり、タランテラ舞曲が挟み込まれたりと、サン=サーンスのさまざまな要素が盛り込まれている。
マリアムは小柄でスリムだが、冒頭から集中力と緊迫感をみなぎらせてピアノを大きく豊かに鳴らし、作品の内奥へと迫っていった。終演後、彼女にインタビューしたが、まずこのサン=サーンスの作品が話題となった。
「いろんな要素が組み込まれているコンチェルトですが、第1楽章は悲劇的な旋律で始まります。これを聴いて、人々が自分の抱えている悲劇や悩みなどを思い出して曲に共鳴し、聴き進むうちに音楽の力に癒され、活力が湧き、最後は自分ひとりで悩むことはないんだ、と思ってもらえたらうれしいですね。私は演奏するとき、いつも聴衆と音楽を通じてひとつになり、人々に強くて大きな力を与えることができればと考えています。音楽にはその力があると信じていますから」
マリアムは5歳からナタリア・ナツリシヴィリ先生に師事し、ピアノひと筋の人生を送ってきた。2011年にはワイマールで行われた「若いピアニストのためのリスト国際コンクール」で優勝し、その後ユトレヒトでのコンクールへと歩みを進めることになる。
「私は子どものころからリストが大好きで、彼は特別な存在なんです。12歳ではじめて《ラ・カンパネラ》を弾いたときから一面的ではなく、あらゆる側面を内包した作品に魅了されています。リストは音楽家としても人間としても多面的であり、ハンサムでチャーミング。同時代の音楽家たちを支援するなど、やさしい心の持ち主。ですから、デビューCDはぜひリストを収録したかった。これに同時代のショパンを組み合わせ、単なる有名な作品を並べるのではなく、ふたりの作曲家をつなぐ作品を組み合わせたかったのです」
まさにCDには、彼女のリストに対する「愛」が濃厚なまでに詰め込まれ、深き愛に呑み込まれそうになるくらい強烈だ。まず、リストの「孤独の中の神の祝福」で幕開けし、沈み込むような内省的で純粋な表現に心が奪われる。
「私のもっとも好きな作品で始めました。リストは超絶技巧で華やかで派手な作品が多いと思っている人に、彼の本来の姿を知ってほしいからです。そして今回のコンサートでも録音でも、ヤマハのCFXを使用しています。最初にこの楽器に出合ったのはユトレヒトのリスト・コンクール。最初に5分間だけ楽器選びの時間があり、8台のピアノのなかから瞬時にCFXを選びました。私がリストで表現したいと願っている素早い反応、美しいレガート、低音から高音にいたるまでのバランス、主題を明確にうたい上げる面などがすべて可能だと判断したからです。その楽器を弾いて優勝できたため、ヤマハ・ヨーロッパのスタッフの方たちのご配慮により、今回は東京でも使うことができました。もちろん録音でも、リストとショパンを存分に表現できることができました。いまや私の欠かせないパートナーになっています」
マリアムの祖母はピアノの先生で、幼いときから彼女をサポート。現在は家族、親戚中が後押ししてくれるという。
「ショパンも大好きな作曲家ですので、録音で取り上げたかった。ショパンはエレガントで繊細でピアニストにとって必須の作品が多い。今回の録音では練習曲を選びましたが、こうした曲でもすばらしい曲想に彩られています。その深遠な内面性を伝えたいのです」
音楽に対して非常に真摯に対峙しているマリアムは、会った人をみな感動させてしまうくらいピアノに情熱を注いでいる。またすぐにでも来日してほしい。そして次回はぜひリストをナマの演奏で聴きたい!
『リスト、ショパン:ピアノ作品集』
アーティスト:マリアム・バタシヴィリ
発売元:ワーナークラシックス
発売日:2019年9月3日
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伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー