Web音遊人(みゅーじん)

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.2

『クリスタル・サイレンス』は、はたしてどのように“ジャズ・シーンにおけるデュオのイメージ”を変えたのだろうか――。

今年(2017年)の5月、“最後の日本ツアー”と銘打って引退記念コンサートのために来日する直前のゲイリー・バートンに、メールでインタヴューする機会があった。

“引退”というキーワードがあったので、通常のプロモーション的なインタヴューでは聞くのが憚られるような“経歴全般”に話題を広げて、質問を用意することにした。

もちろん、彼がチック・コリアと1972年に制作したデュオ・アルバム『クリスタル・サイレンス』の経緯についても触れてもらえるように考えた。

発端は、チック・コリアが所属していたレーベル“ECM”(当時)からのオファーだった。

チック・コリアは1960年代半ばからジャズ・シーンで頭角を現わし始めたピアニストで、1968年にハービー・ハンコックの後釜としてマイルス・デイヴィスのバンドに加入したことから注目を浴びるようになった。

『ビッチェズ・ブリュー』(1969年)に象徴されるエレクトリック・マイルス黎明期のメンバーとして重要な役割を果たしたチック・コリアは、1971年にその後のフュージョンの進路を決定するほどの影響力をもったユニット“リターン・トゥ・フォーエヴァー”を結成し、ドイツ(当時は西ドイツ)のミュンヘンで設立されたECMレーベルからアルバムをリリースする。

そのレーベルがチック・コリアに次のアルバムについての相談をしているときに、ちょうど彼が盟友のゲイリー・バートンと2人で、ドイツで開催されるフェスティヴァルに出演する機会があった。

そのステージを見たECMの関係者が、「ぜひこのデュオのアルバムを残したい」と言い出して実現したのが、『クリスタル・サイレンス』だったそうだ。

ゲイリー・バートン自身は、このときのフェス出場もどういう結果になるかまったく見当がつかず、ましてやアルバムとして後世に残せるなどということは半信半疑だったらしい。

しかしこのアルバムは、発売直後から世界中の音楽ファンの注目を浴び、その後の“ジャズとデュオ”を考える際の“基準”になったと言っても過言ではない。

実は、それ以前の“ジャズ”には、はっきりと“デュオ”と呼べるようなアルバムはほとんど存在しないのだ。

1962年の『アンダーカレント』以降、ビル・エヴァンスとジム・ホールは何度かデュオでアルバムを制作しているが、これに倣って1960年代にデュオのアルバムが作られるようになる兆候は見られなかった。

類推すれば、ジャズという音楽は「集団」で「即興」を構築していくものという先入観に縛られていたことが関係しているのではないだろうか。

1950年代のハードバップ・フォーマットでは、フロント楽器のバトル・スタイルが流行したこともあったが、基本的にはデュオと呼べるものではない。

しかし、1960年代にフリー・ジャズが勃興することによって「集団」の概念が薄れ、合奏よりも個人の「即興」性、すなわちインプロヴィゼーション・プレイがクローズアップされたことで、より少ない編成(あるいはそれまでのジャズでは注目されなかった編成)に目が向けられるようになったことがひとつの転機になった。

ジョン・コルトレーンが、アルバム『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(1961年)のなかの「チェイシン・ザ・トレーン」でほとんどエルヴィン・ジョーンズとのデュオ状態になったのも、こうした変化がジャズ界に及んでいたからだろう。

とはいえ、『クリスタル・サイレンス』のデュオが、前述の“「集団」ではない「即興」”というアイデアから発したものでないことは明らかだ。

「即興」を軸とした展開は、『アンダーカレント』であっても「チェイシン・ザ・トレーン」であっても、それぞれの個性の発露をお互いにサポートするものとならざるをえない。

これに対して『クリスタル・サイレンス』は、それぞれが、全体を考えながらの個人という位置で、自発的に攻守を変えていくのだ。

あるときは主旋律を生み出し、それに相手が反応すれば対位法的なポジションへと転じる。

これには高度な音楽的知識と、現場で反応できる経験値が必要であり、さらに、ジャズの前例にとらわれない自由なセンスがなければなしえないこと――。

つまり『クリスタル・サイレンス』は、それまでのジャズでも、フリーでも、ロックでもできないことが“デュオ”ならばできることを、簡潔明瞭に示しえたがゆえに、エポックメイキングだったと言えるのだ。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」

8632views

音楽ライターの眼

シン・リジィのフィル・ライノットの人生を辿ったドキュメンタリー映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』が海外で公開

5676views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

7387views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

28954views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

19813views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

9515views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

30067views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7243views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

24998views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7889views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6039views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28117views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5585views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11579views

音楽ライターの眼

TOKYO BLUES CARNIVAL 2022開催。ブルースの楽しさと新時代の幕開け

5109views

ヤマハ株式会社 神島由幸さん

オトノ仕事人

楽器になる樹木と最前線で向き合い、職人の元へ届ける/楽器用木材調達の仕事

439views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

2797views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15640views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

30067views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9601views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

22878views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10277views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34871views