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今月の音遊人:小沼ようすけさん「本気で挑まなければ音楽の快感と至福は得られない」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#038 歴史的名曲“じゃない”曲で発揮されたディーヴァの本領を味わう~ビリー・ホリデイ『奇妙な果実』編
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2024.6.11
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, ビリー・ホリデイ, 奇妙な果実
ジャズ・スタンダードとして知られるほとんどの曲が色恋沙汰をテーマにしていることに気づくと、本作のタイトル曲がいかに“異質”なのかがみえてくるのではないでしょうか。
1930年代のアメリカで黒人差別を扱うということが、どれほど先進的で、かつ危険なことだったのか……。
もちろん、『奇妙な果実』の歌詞には黒人差別を直接表現するようなワードは使われていません。しかし、「ここで歌われているのは、アレのことだ」ということを、当時のニューヨークの人たちは知っていました。
そして、みんなが知っていることを知りながら、自分のレパートリーとして取り上げて完成させたのが、ビリー・ホリデイだったのです。
本作のタイトル曲『奇妙な果実』を遺したからこそ、ビリー・ホリデイが女性ジャズ・ヴォーカルの系譜のなかで“別格”の扱いを受けるのだと、ボクは思っています。
そんな重~いタイトル曲をいまならどう扱えばいいのかを含めて、聴き直してみましょう。
1939年に、A面『奇妙な果実(ストレンジ・フルーツ)』B面『ファイン・アンド・メロウ』というカップリングで、シェラック10インチのシングル盤がリリースされました。
LP盤になったのは1959年で、上記シングル音源のほか、1944年にレコーディングされた音源も収録したA面6曲/B面6曲の12曲構成。1972年には、A面8曲/B面8曲の16曲構成のLP盤も登場しています。
CD化では、12曲構成の同曲順ヴァージョンのほか、16曲構成ヴァージョンも“生産限定盤”としてリリースされました。
タイトル曲『奇妙な果実』は、エイベル・ミーアポルが作詞・作曲した作品。
彼はロシア系ユダヤ人の移民の子としてニューヨークで生まれ育ち、高校教師として働くかたわら創作活動を続けていましたが、ある日、リンチによって殺され木に吊るされている黒人の写真を新聞で見て衝撃を受け、「苦い果実(Bitter Fruit)」という一編の詩を書きます。
この詩は共産党系の機関紙に発表されたほか(ミーアポルはアメリカ共産党党員でした)、メロディを付けたものを彼の妻が共産党や教職者組合の集会で歌っていたといいます。この歌が『奇妙な果実』のオリジナルになります。
やがてその凄惨な内容からこの歌が話題になると、ニューヨーク初の総合ナイトクラブ“カフェ・ソサエティ”の創設者バーニー・ジョセフソンを経由して、専属歌手だったビリー・ホリデイの知るところとなり、彼女のレパートリーになったということです(彼女のショーの演出をしていたロバート・ゴードンが紹介したという説もあり)。
その反響が大きかったことから、レコーディングのために契約中だったコロムビア・レコードと掛け合ったものの、センセーショナルすぎるということで断わられてしまいます。
そこで話を持ち込んだのが、カフェ・ソサエティの近所のレコード店が主宰していたインディペンデント・レーベル“コモドア”でした。
主宰者のミルト・ゲイブラーは彼女の歌を聴いて涙し、コロムビア・レコードからこのレコーディング・セッションの許可を得てシングルを制作することになった──という、成り立ちからして“名盤”の素質にあふれた作品だったのです。
カフェ・ソサエティでは毎回『奇妙な果実』が始まる前に、ウエイターが客席から姿を消し、店内の照明が落とされて、ビリー・ホリデイを照らすスポットライトだけになる、という演出が施されたそうです。
それは、この曲の歌詞そのままに黒人に対するリンチが日常的に行なわれていた現状や、それを“見世物”に仕立てたステージに対して観客が興味津々であることへの、彼女の複雑な感情の表われとも言えるでしょう。
そんないろいろな意味での“痛み”を含んだ曲であるからこその“名盤”であるものの、85年後の現在、その“痛み”を共有することができるのか──。
いや、あえて言ってしまえば、共有できなくてもいいよ、というのが今回の結論。
というのは、コモドア・レコードでのこの一連のレコーディング・セッションは、ビリー・ホリデイにとって話題性があった『奇妙な果実』じゃない曲のほうが重要だったと思えるからです。
カップリングされたブルースの『ファイン・アンド・メロウ』だけでなく、LP盤の冒頭を飾る『イエスタデイズ』をはじめとしたバラードの数々は、彼女の哀愁を帯びた歌唱によって輝きを放ち、ビリー・ホリデイを「バラードの名手」として世に認知させることになったのですから……。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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