Web音遊人(みゅーじん)

ウルヴァーの“闇のポップ”への進化過程

Ulver(ウルヴァー)の“闇のポップ”への進化過程

変わらないのが魅力のロック・アーティストがいる。AC/DCやモーターヘッド、ラモーンズなどの作品は毎回ほぼ同じだが、常に最高クオリティのロックンロールが保証されており、世界中のファンから絶対の信頼を勝ち取っている(3バンドとも主要メンバーを失い、今後の活動が期待できないのが残念)。

それに対して、変化し続けるロック・アーティストもいる。デヴィッド・ボウイは作品ごとに異なったスタイルを取り入れてきたし、近年ではクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジやBorisなども新作ごとにファンを驚かせている。サプライズの要素がアーティストの魅力のひとつであるのと同時に、繰り返し聴くに足る音楽の魅力が必要なため、アーティストの力量が求められる作風である。

ノルウェーのロック・バンド、ウルヴァーは後者に属するアーティストだ。1993年に結成、初期はエクストリームなブラック・メタルを志向していた彼らだが、インダストリアル・ミュージックやプログレッシヴ・ロック、ダーク・アンビエント、サイケ/ガレージなど多様な音楽スタイルを取り入れ、2014年にはSUNN O)))とのコラボレーション・アルバム『テレストリアルズ』も発表している。

エクストリーム・メタルから幅広い音楽へと移行していった例としてはアナセマやパラダイス・ロスト、オーペスなどがあるが(パラダイス・ロストは近年メタルに戻ってきた)、ウルヴァーが2017年に発表したアルバム『The Assassination Of Julius Caesar』は、“ポップ”路線にシフトした作品だ。

ウルヴァーの“闇のポップ”への進化過程

Ulver『The Assassination Of Julius Caesar』(海外盤)

ポップ路線というと、初期のメタル時代から彼らをフォローしてきたファンは眉をひそめるかもしれない。実際、楽曲のバッキングはシンセ主体で、ヘヴィなギターはほぼ皆無だ。だが、唯一のオリジナル・メンバーであるガームことクリストファー・リグを中心としたソングライティングには妥協のかけらもなく、緊張感のみなぎる“ハーシュ・ポップ”が全編を貫いている。時に初期でペッシュ・モードを彷彿させる箇所があり、バンドがイメージする“ポップ”で引き合いに出されているのがトーク・トークやミュージック・マシーンであることからも、そのアプローチが一筋縄ではいかないことがわかるだろう。

また、9分半の「ローリング・ストーン」など、聴く者のイマジネーションを駆り立て、拡散させていく音楽性は、ラジオやMTVで流れるポップとはかなり趣を異にしている。

さらに歴史上の出来事を散りばめた歌詞もインスピレーションに富んだものだ。1曲目「Nemoralia」では西暦64年に皇帝ネロが起こしたローマの大火から、ダイアナ妃の死とローマ神話の月の女神ディアーネを結びつけた様子がポエティックに描写されている。また、「Transverbaration」で歌われている“1981年5月13日の水曜日、ローマに鳴り響いた銃声”は当時のローマ法王ヨハネス・パウロ2世の暗殺未遂事件を指している。

アルバム後半のハイライトといえる「1969」はタイトルの通り、1969年のアメリカ西海岸に思いを馳せた曲だ。伝説のウッドストック・フェスティバルに代表される“ラヴ&ピース”全盛の時代だが、ウルヴァーはその裏に潜む漆黒の闇へと我々をいざなっていく。

“我々は皆、ローズマリーの赤ちゃんを身籠もる。ヘルター・スケルター”という一節は、チャールズ・マンソンのカルト教団“ファミリー”が白人vs黒人の最終戦争を“ヘルター・スケルター”と呼び、映画『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)を監督したロマン・ポランスキーの奥方シャロン・テイトらを惨殺した事件を描いている。また、同年発表されたローリング・ストーンズの『レット・イット・ブリード』のタイトルも歌詞に忍び込んでいる。

最後の1節に “カリフォルニア通り6114番地に、家が建っていた”とあるが、サンフランシスコのその番地にあったのはアントン・ラヴェイ率いる悪魔教団“チャーチ・オブ・サタン”の本拠地、通称“ザ・ブラック・ハウス”だった。

アルバムごとに変化してきたウルヴァーが新たに踏み込んでいった暗黒の世界。『The Assassination Of Julius Caesar』は、我々の知る“ポップ・ミュージック”の定義を一変させかねない、キャッチーなメロディの向こう側に潜む何かを垣間見せてくれる作品だ。

元ホークウィンドのニック・ターナーもサックスでゲスト参加している。

なおウルヴァーは2017年11月に3曲入りEP『Sic Transit Gloria Mundi』を発表しているが、こちらも必聴の秀作だ。

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:ROLLYさん「曲の素晴らしさや洋楽との出会いなど、大切なことはすべてフィンガー5から学びました」

12075views

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.4

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.5

3946views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

見ているだけでわくわくする!弾きたい気持ちにさせるエレクトーン

7487views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

4266views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9189views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

17118views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7144views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13832views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11344views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8220views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

8287views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30143views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9718views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30817views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#004 東西の人気者たちが合体して誕生したモダンジャズの傑作~『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』編

1537views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2403views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5841views

楽器探訪 - ステージア「ELC-02」

楽器探訪 Anothertake

持ち運び可能なエレクトーン「ELC-02」、自由な発想でカジュアルに遊ぶ

30747views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24133views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7115views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

629views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3125views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25286views