Web音遊人(みゅーじん)

ジャズとロックの関係性

ジャズにビートルズを引き寄せた名プロデューサーと名ギタリストの出逢い

1964年、“ジャズ・ギターの寵児”だったウェス・モンゴメリーは、レコード会社移籍という決断をする。

その時点での彼はまだ“ジャズ・ギターの寵児”であり、“ジャズ・ギターの革命児”ではなかった。“革命児”になるためのターニングポイントが、ここだ。

彼が背負っていたジャズ・ギターの“負の遺産”とは、チャーリー・クリスチャンやジャンゴ・ラインハルトといった偉大な先人を超えなければならないという宿命だった。それは、彼らを超えたからといって確立できるとはかぎらないギタリストとしての自身のオリジナリティと、経済的な状況も指していたりする。

しかし、ウェス・モンゴメリーはこのターニングポイントによって“負の遺産”をプラスに転じさせることができたのだ。

では、それがどういうことだったのか、ビートルズとどう関係しているのかを見ていこう。

ある確信犯的プロデューサーとの出逢い

リヴァーサイドからヴァーヴへの移籍には、あるキーパーソンが絡んでいた。

その名はクリード・テイラー。彼は、大手レコード会社のなかにいくつものジャズ専門レーベルを立ち上げた名物プロデューサーだった。

ジャズ専門のレーベルをいくつも立ち上げたのは、彼がいわゆる“ジャズマニア”だったからではない。どうやら彼には、“なんとかしてジャズにロックと比肩するぐらいのポピュラリティをもたせたい”という野望があったことが、その業績から浮かび上がってくるのだ。

ヴァーヴ・レコードは、もともとビバップ由来のストレート・アヘッドなジャズの音源をリリースするために設立されたのだが、クリード・テイラーが移籍した1961年には大手マスメディア企業のMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)に買い取られたことから、彼にも“大手が経営するレーベル”としての“成果”が期待されていたことは想像に難くない。

クリード・テイラーがヴァーヴへの移籍前に設立したレーベルのひとつであるインパルス!は、彼の移籍後もジョン・コルトレーンの代表作を次々と世に送り出していたのだから、その手腕に関しては期待値がかなり高かったに違いない。

しかし、音楽業界を俯瞰してみれば、その“業績”も、ほかの人気カテゴリーのキャパシティには及ばないというのが実状だった。簡単に言い換えれば、ジャズのセールスはロックの足下にも及ばなかったということ。

彼はそんな状況を加味しながら改善案を模索していく。そして、時代的な要請に応じてインパルス!がフリー・ジャズへ入れ込んでいったのとは逆に、同じ時代的な要請ながら“ジャズはアフリカン・アメリカンだけの音楽じゃない”というアプローチの表現とその具現者を探しはじめたようだ。

チャーリー・パーカーがストリングス・オーケストラと共演を果たしたようなアルバムなら“聴きやすい”から、ジャズ・フィールド以外へもキャパシティを広げられるという自信が彼にはあったのかもしれない。

あとは、それに見合うタレント性をもったミュージシャンを探し出すこと。

当時はロックが台頭し、エレクトリック・ギターへの注目度が高まっていた。そのエレクトリック・ギターをロックのようには演奏せず、しかもリスナーを圧倒させる技量はもちながら、ロックでは合わせることが難しいストリングス・オーケストラと共演させるというアイデアなら、旧来のキャパシティの限界を超えられるのではないか……。

“ジャズ・ギターの寵児”として、その少し前に遅咲きのデビューを果たしていたウェス・モンゴメリーに白羽の矢が立ったのは、ある意味で必然と呼べる出来事だったのかもしれない。

こうして1964年11月、ウェス・モンゴメリーはスタジオに入り、アルバム『ムーヴィン・ウェス』を収録する。

次回は、Movin’(=転居)したウェス・モンゴメリーが歩んだ道を、ビートルズ・ジャズと照らし合わせて考えてみたい。

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

出口大地

今月の音遊人

今月の音遊人:出口大地さん「命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない」

2477views

音楽ライターの眼

連載19[多様性とジャズ]我が名を付けたアルバムの革新性とミンガスのリーダーシップ

1156views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカを進化させる「クリップ」が誕生

17145views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

20753views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7470views

オトノ仕事人

コンピュータを駆使して、ステージのサウンドをデザインする/ライブマニピュレーターの仕事

6123views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7373views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10088views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20146views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7009views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5025views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26137views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9407views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23473views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#041 東西冷戦の最前線で生まれた西側エンタテインメントの真骨頂~エラ・フィッツジェラルド『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』編

599views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

6271views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3514views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

7922views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10788views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5909views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

55569views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11024views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30914views