今月の音遊人
今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」
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近年稀にみる名演に、言葉を失う/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.5
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2019.3.20
ヤマハホールの人気シリーズで、徳永二男(バイオリン)、堤剛(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)の3巨匠による豪華共演で贈るピアノトリオ・コンサートの第5弾。今回は、ベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲が演奏された。
ベートーヴェンの記念すべき「作品番号1-1」にあたる第1番は、このジャンルでは当時異例の4楽章形式を採用した、作曲者らしいこだわりの作品。この日の3人は、堤のチェロが要所でピアノとバイオリンに献身的に寄り添う形で、春の盛りの大気のような音楽をいきいきと歌い上げてゆく。そして、3つの楽器が次々に主題を交替する第2楽章や、弦楽器の和音の上でピアノが優雅に踊る第3楽章など、ソロの聴きどころが多く、またアンサンブルとしても、第4楽章の推進力やコーダで現れる衝撃的な転調の扱いが実にみごとだった。
2曲目のショスタコーヴィチの第2番は、第2次世界大戦の真っ只中に、友人の音楽評論家イワン・ソレルチンスキーの死を悼んで作曲された円熟期の代表作のひとつ。後半のトリを飾る予定だったが、当日の発表で、メンデルスゾーンと曲順を入れ替える形で前半に演奏された。
これまでも時代や様式に応じて作品をあざやかに弾き分けてきた3人は、今回も前曲のベートーヴェンと世界観を一変する、シニカルな悲しみにあふれた秀演を披露。第1楽章の冒頭に出てくる弱音器をつけたチェロのハーモニクス(笛のような音を出す特殊奏法)は、作曲者の弟子だった、のちの巨匠スティスラフ・ロストロポーヴィチ(当時16歳)に意見を求めながら導入したと伝えられる超絶技巧だが、堤はそれを実にシャープな悲歌として表現してみせる。続く第2と3楽章では2つの弦が華々しく活躍するが、筆者としては、それが誠実かつ粛々と支える練木のピアノがあってこそでもあることに感服した。
そして休憩を挟んだ3曲目が、メンデルスゾーンの最晩年の創作にあたる第2番。第1楽章のハ短調の暗い情念を宿した第1主題から、甘美な情熱に満ちた第2主題へと繋げる堂々たる運び。3楽器が優美で豊麗な歌を交わして大輪の花を咲かせた第2楽章。スピーディかつ高度な技巧が求められる第3楽章での一糸乱れぬ運び。J.S.バッハのコラール「汝の御座の前に」を展開部に引用した第4楽章で3人が築き上げた、まるで聖トーマス教会(作曲者終焉の地ライピツィヒにあり、J.S.バッハが音楽監督を務めた教会)のように隅々まで洗練された構築と流れ。……と立派すぎて、もう何も言うことがない、近年稀にみる名演だったと思う。
本作の6年前に書かれたメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番を、作曲家のロベルト・シューマンは、「ベートーヴェン以来、最も偉大なピアノ三重奏曲」と評しているが、第2番はそれに勝るとも劣らない傑作と言える。ベートーヴェンで始まり、メンデルスゾーンで締めくくったこの日のプログラムは、高名な評論家でもあったシューマンの言葉の正しさを改めて強く実感させてくれるものだった。
渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。