今月の音遊人
今月の音遊人:菅野祐悟さん「音楽は、自分が美しいと思うものを作り上げるために必要なもの」
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メキシコ音楽といえばマリアッチ。ギター、バイオリンなどの弦楽器を中心に、トランペットを含む十数人で編成される正式な“マリアッチズ”から、ギター1本の“ひとりマリアッチ”まで、メキシコでは石を投げればマリアッチに当たる。
いかにも観光客向けの「タコスあります」といった風情のレストランになら、まずマリアッチが出没すると見ていい。高級店なら揃いの衣裳に身を包んだマリアッチズを抱えているし、そうでなくても流しのマリアッチがやってくる。
メキシコシティの郊外、ソチミルコにある運河では、この国らしい極彩色のボートで船遊びができる。古代アステカ時代から重要な交通手段として使われ、今は観光資源としてわずかな距離を残す運河。ボートに揺られながら、アステカ時代に思いを馳せていると、パララ〜♪とにぎやかなトランペットの音が静寂を破る。「マリアッチはいかが?マリアッチはいらないか?マリアッチ安いよ」そこには、マリアッチのおじさまをギュッと詰め込んだボートがいるはず。
でも、早まってはいけない。このソチミルコでは、運河の旅中、何艘ものマリアッチ船に出会えるのだから。バンドの人数や衣裳の豪華さ、カンタンテ(歌い手)の容貌(やはりヒゲをたくわえた恰幅のいいおじさまのほうが写真映えするだろう)など品定めしながら値段を聞いてみよう。私が聞きまわったところ、1曲100ペソ(約千円)が相場のようだ。これぞと思うバンドに「歌ってくれ」と言うとボートは止まる。
日本人と見ると、彼らは「ベサメ・ムーチョ?」と尋ねる。この名曲を聴きたいなら、「シ!」と頷けばいい。しかし、日本人=ベサメ・ムーチョの図式に抗いたい私は、「シェリート・リンド(Cielite Lindo/美しい空)」をリクエストすることにしている。あまり知らない曲でも面白くないが、この曲は聴けばきっとわかると思う。 ♪アーイ、アイ、ア、アーーイ♪という陽気なサビは、メキシコの晴れ渡った青空を思わせる。素人の耳には、その場の雰囲気も相まって大変に心地よい歌と演奏である。
ただし、なんらかの楽器をかじったことのある人には、彼らの演奏は厳しいかもしれない。 マリアッチには打楽器がいないのもあってか、リズムキープはできていないし、生音のため各楽器のボリュームもまちまちで、ギターの音をトランペットがかき消してしまったりもする。
そんなことも含めてのソチミルコの船上マリアッチである。 おおらかに、ともに歌い手拍子をして楽しんでほしい。 そして夜になったら高級レストランに出向き、ライブチャージを支払って、もう少しうまい(はず)バンドの演奏を聴いてみるのも一興だ。