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音楽の“布地”を織り出す、それぞれに個性的な“糸”/鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ:チェンバロ協奏曲全曲録音プロジェクト Vol.2
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2019.8.22
tagged: リコーダー, バッハ・コレギウム・ジャパン, ヴァイオリン, チェンバロ, 鈴木優人
バッハはチェンバロ1台と弦楽合奏のための協奏曲を8曲、書き残した。そのすべてを録音し、演奏会で披露する企画を、鍵盤楽器奏者の鈴木優人とバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が昨年から進めている。このたびそれがめでたく完結。締めくくりの演奏会に足を運んだ。今回は8曲の内、「BWV1055」「1058」「1057」「1054」を聴く。
ライプツィヒに転勤してからバッハは、同地の楽団コレギウム・ムジクムの演奏会のために、さまざまな協奏曲や管弦楽組曲を作曲した。この時期のチェンバロ1台と弦楽合奏のための協奏曲にはすべて、異なる独奏楽器による原曲が存在する。この日は冒頭の「BWV1055」を除き、いずれも元の作品がはっきりしている協奏曲ばかり。原曲と編曲とを比較できるので、楽器を移し替える際のバッハの工夫がよく見える。
たとえば2曲目の「BWV1058」。これは「ヴァイオリン協奏曲イ短調BWV1041」を原曲とする。ヴァイオリンは隣り合った弦を完全5度(半音7つ分)で調律するので、音程を飛んだり跳ねたりするのが得意。一方、チェンバロは半音または全音で鍵盤が隣り合っているので、音階を上り下りするようなパッセージで力を発揮する。バッハはそうした楽器の特性を活かして編曲している。つまり、もともとは起伏のあった旋律を、滑らかに上下するメロディーに代えている。
BCJの演奏からは、そんなバッハの工夫がよく聴こえてくる。音楽の“布地”を織り出す“糸”がそれぞれ個性的で、それでいてほかを邪魔しないからだ。各楽器ひとりの最小編成ということもあるが、それぞれのパートがきちんと方向性のある音を出すのがその理由。弦楽器奏者は弓を上下に動かすときの力加減の違いを、曲を駆動させるエンジンとして使ったり、緊張感の移り変わりを描く絵筆として利用したりする。チェンバロも弦楽器も、音域が変わると音色が変わる。奏者はそれを演奏に活かす。そうすると音域それぞれに違った個性が現れる。その違いが複数の“登場人物”を描き分けていく。
3曲目の「BWV1057」に登場したリコーダーも素晴らしかった。こちらは《ブランデンブルク協奏曲》第4番が原曲。2本のリコーダーとチェンバロが独奏を担当する。笛の細やかな息づかいが音に勢いと方向性とを与える。だから拍子のギアチェンジ(ヘミオラ)するところも、気持ちよく“ダンスのステップ”が収まる。
名手ぞろいのオーケストラを、チェンバロの独奏を受け持ちつつ引っ張っていった鈴木優人に拍手。アンコールにスペインの舞曲ラ・フォリアに基づく即興曲を弾いたことにも驚かされた。いったん退場した演奏者たちが、チェンバロ、リコーダー、コントラバスと徐々に舞台に戻ってくる。やがて即興から滑らかに「BWV1057」最終楽章のフーガへ。趣味の佳さがすみずみまで行き届いたこの企画を締めくくるにふさわしい、洒落た“ピリオド”だった。
澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。
文/ 澤谷夏樹
photo/ Ayumi Kakamu
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