今月の音遊人
今月の音遊人:上原彩子さん「家族ができてから、忙しいけれど気分的に余裕をもって音楽と向き合えるようになりました」
6579views
映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』の元ネタとなった轟音バンド、ジュシファーの多彩な世界
この記事は4分で読めます
3038views
2021.8.24
tagged: 音楽ライターの眼, ジュシファー, サウンド・オブ・メタル
2021年4月に行われた第93回アカデミー賞授賞式では『ノマドランド』が作品賞を含む3部門を受賞したが、予想外のダークホースとして注目を集めたのが『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』だった。ダリウス・マーダー監督の本作は作品賞・脚本賞・主演男優賞・助演男優賞でノミネート、編集賞・音響賞を受賞という高評価を得ている。
ドラマーのルーベン(リズ・アーメッド)はガールフレンドでギタリスト兼ヴォーカリストのルー(オリヴィア・クック)と2人編成のハードコア/メタル・バンド、ブラックギャモンで活動している。彼らはトレーラーで暮らしながらアメリカ各地でツアー、ライヴを行っているが、ある日ルーベンが重度の難聴を患ってしまう……というストーリー。音楽を聴くことも演奏することも出来なくなるという、音楽ファンだったら身につまされる辛さと虚無感を描いた本作、ありがちなハッピーエンドで終わらないのも余韻を残す。
音楽ファンならずとも十分以上に楽しめる本作だが、ちょっとしたところでマニアへの目配せがあるのも嬉しい。ルーベンがユース・オブ・トゥデイのパーカーやルディメンタリー・ピーナイ、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、G.I.S.M.などのTシャツ、ルーがモーターヘッドのパロディTシャツ(Motorheadがアラビア文字で印刷されている)を着ていたり、トレーラー内にゲージ(Gauge)やスペインのビジュアル系バンド“ピンク自殺”のポスターやステッカーが貼ってあったりと、オオッ!と色めき立つパンクやハードコアのファンも少なくないだろう。
この『サウンド・オブ・メタル』のブラックギャモンには“元ネタ”となったバンドがいる。それがジョージア州アセンズ出身のジュシファーだ。
ギター兼ヴォーカルのガゼル・アンバー・ヴァレンタインとドラムスのエドガー・リヴングッドという夫婦バンドのジュシファーは1993年に結成。ミニマルな2人編成とステージ上のアンプの壁から噴き出す轟音ライヴで支持を得てきた。
『サウンド・オブ・メタル』の原点となったのは、デレク・シアンフランスが構想を練っていた『メタルヘッド』なる映画プロジェクトだった。ジュシファーの2人を主人公に、トレーラーで旅をしながらライヴ活動を行うというリアルな設定を用いながら、エドガーが突如聴覚を失うというフィクションを加えたシナリオだったが、スケジュールや経費の問題で頓挫。だが、『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』(2012)の脚本をシアンフランスと共同執筆していたマーダーが設定を気に入って、よりフィクション方向にシフトさせて制作したのが『サウンド・オブ・メタル』だった。
『サウンド・オブ・メタル』ではブラックギャモンの音楽性はとてつもなくラウドであることばかりが強調されているが、ジュシファーは1998年のデビュー作『Calling All Cars on the Vegas Strip』から特異な世界観を築いてきた。漆黒ノイズまみれの轟音ハードコア・スラッジ・メタルにフレンチ・ロリータばりのウィスパー・ヴォイスを乗せた『Japanese And Lovely』やセカンドアルバム『I Name You Destroyer』(2002)の『Amplifier』などで鮮烈なインパクトを残した彼らだが、エクストリーム・メタル系インディーズの大手レーベル“リラプス・レコーズ”から発表した『ロートリシエンヌ』(2008)ではマリー・アントワネットを題材にしたコンセプト・アルバムに挑戦。『District Of Dystopia』(2015)もアメリカ合衆国の法制度成立とその欺瞞をテーマにしている。
さらに彼らは全曲のタイトルがロシア語の『За Волгой для нас земли нет』(2013)、アラビア語の『نظم(日本語読みはニザームあるいはナズム)』(2020)など、大胆に異文化にチャレンジする作品も発表。常に新たな表現を探求する姿勢は、轟音の壁と相乗効果を成して、一種アート・インスタレーションにも通じる世界観を構築している。
筆者(山崎)は2016年、米国ラスヴェガスで開催された“サイコ・ラスヴェガス”フェスティバルでジュシファーのライヴを見ることが出来た。フェスという性質上、設営に時間をかけられないため、バンドのトレードマークであるアンプの壁はなかったが、耳をつんざく音量に包まれ、苦痛と快楽が交錯する異空間に放り込まれた。
2020 年初めに北米ツアーを行い、ヨーロッパに向かおうとしたときに新型コロナウィルスが世界を蹂躙。それ以降ライヴを行うことが出来なくなったジュシファーだが、ある日突然ツアー生活を奪われてしまうという不条理は、『サウンド・オブ・メタル』と共通しているかも知れない。
2人は『サウンド・オブ・メタル』を見ていないという。自分たちが映画の元ネタになったことについては「光栄だし面白い」と語りながらも、それに便乗することなく、自らの音楽で成功を収めるのが彼らの希望であり、2021年後半にはニュー・アルバムの発表も予定されている。
アンダーグラウンドから突如陽光の下に引っ張り出されたジュシファーだが、その音楽的ヴィジョンは揺らぐことがない。彼らが壁一面のアンプをバックに日本のステージに立つ日を待ちたい。
アルバム『نظم』
発売元:Nomadic Fortress
発売日:2021年8月
オフィシャルサイト
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログ/インタビューリスト
文/ 山崎智之
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
tagged: 音楽ライターの眼, ジュシファー, サウンド・オブ・メタル
ヤマハ音遊人(みゅーじん)Facebook
Web音遊人の更新情報などをお知らせします。ぜひ「いいね!」をお願いします!