Web音遊人(みゅーじん)

20世紀の過激な音楽を集めたアンソロジー『Notes From The Underground』発表

20世紀の“ラディカル=過激”な音楽を集めたアンソロジー『Notes From The Underground: Radical Music Of The Twentieth Century』が発売され、世界の音楽好事家から絶賛を浴びている。

2022年2月、イギリスの“チェリー・レッド・レコーズ”からリリースされた本作は、20世紀の音楽に何らかの形で“革命”あるいは“意識改革”をもたらした楽曲をCD4枚に全82曲収めたものだ。

クロード・ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』(1892-1894)やイーゴリ・ストラヴィンスキーの『春の祭典』(1913)などの20世紀クラシック音楽、カールハインツ・シュトックハウゼンの『習作I』(1953)やエドガー・ヴァレーズの『砂漠』(1954)などの“現代音楽”、マイルス・デイヴィスの『アランフェス協奏曲』(1960)やオーネット・コールマンの『カレイドスコープ』(1960)などのジャズ、ラヴィ・シャンカールの『Kafi Holi』(1959)やアリ・アクバル・カーンの『Raag Chandrakauns』(1960)などのインド音楽、『アンダルシアの犬』(1929/音楽追加は1960)、『プリズナーNo.6』(1967)、『If もしも….』(1968)などの映画/TV音楽、アレン・ギンズバーグの『吠える』朗読(1955)などがジャンルを超えて混在。1曲ごとに新しい驚きが聴く者を待っている。

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)

マルコム・マクダウェル/映画『If もしも….』(1968)より

本作のキュレーターを務めた“チェリー・レッド・レコーズ”のマイク・オールウェイは本作のコンセプトについて、こう語っている。

「この時代の音楽の地平線に素晴らしく、恐れを知らない新しい視点をもたらした思索家や開拓者たちの作品を集めている。発表当時、公に嘲笑されたり論議を呼んだ楽曲もあったが、今日では知性を刺激する音楽として高く評価されている」

……ここでマイク・オールウェイという名前にピンと来る音楽ファンもいるかも知れない。そう、1980年代に“エル・レコーズ”を設立、ザ・モノクローム・セット、エヴリシング・バット・ザ・ガール、ウッド・ビー・グッズ、キング・オブ・ルクセンブルグなどの作品をリリースしてきたのがオールウェイだった。彼が“チェリー・レッド”在籍時の1982年にプロデュースしたコンピレーション・アルバム『Pillows & Prayers』はネオ・アコースティックの聖典として、40年を経た今もなお聴き継がれている(現在では『Vol.1』と『Vol.2』をカップリング、ボーナスを追加した拡大盤が入手可能)。彼の“嗅覚”は本国イギリスのみならず日本の音楽シーンに多大な影響を与え、1990年代の“渋谷系”ムーヴメントではカリスマ視された。カヒミ・カリィが1992年に「Mike Alway’s Diary」を歌ったことで、彼の名を知った日本の音楽ファンもいるだろう(ただし、この歌詞からは彼の人となりはまったく伝わってこないが)。

近年では“チェリー・レッド”のカタログ部門でコンピレーションの編集などを多く行っているオールウェイだが、『Notes From The Underground』は“渋谷系”と向かうベクトルがまったく異なるようでありながら、往年と変わらない彼の美学が貫かれている。

ちなみにオールウェイは1990年代に“イフ….レコーズ”というレーベルを運営していたが、その名前はリンゼイ・アンダーソン監督の映画『If もしも….』(1968)から取ったもの。『Notes From The Underground』には同映画で使われたミサ・ルバ(ラテン語のミサ曲をコンゴの少年合唱団用に編曲した楽曲)が6曲収録されており、彼の過去と現在が地続きであることを窺わせる。

なお本作にはオールウェイによる長文ライナーノーツ&全曲解説が付けられており、このアンソロジーのトータル性や、それぞれの曲が20世紀音楽において占める役割・意味などが綴られている。ただ流して聴くのも楽しいが、背景を知るとさらにディープに楽しむことが可能だ。本作はある意味、現在の“マイク・オールウェイの日記”を覗き込むようなコンピレーションかも知れない。

嬉しいのは、オールウェイが「『Notes From The Underground』はシリーズの第1弾」だと宣言していることだ。「これが決定盤ではない。これから、さらにパワフルで、さらに知性に訴えかけるコンピレーションを出していく」というから、どんな音楽家の作品が収録されるか、楽しみに待っていたい。

ネオアコから渋谷系、そして20世紀ラディカル・ミュージックへ。マイク・オールウェイの40年を超える音楽の冒険の旅路は、今もなお続く。

レーベル公式サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

カニササレアヤコ

今月の音遊人

今月の音遊人:カニササレアヤコさん 「音楽は、自分の居場所をあたえてくれるものです」

5559views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.1

4194views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

15340views

SE ArtistModel

楽器のあれこれQ&A

クラリネット入門!始める前に知りたい5つの基本

584views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9443views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

9520views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4577views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4120views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

27303views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

11083views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6432views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34874views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12238views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11582views

ロック業界は足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない

音楽ライターの眼

ロック業界は足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない

7355views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

10009views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

8968views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

21057views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

15234views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6432views

FGDPシリーズ

楽器のあれこれQ&A

新たな可能性を秘めた楽器、フィンガードラムパッドに注目!

1432views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10279views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34874views