今月の音遊人
今月の音遊人:矢野顕子さん 「わたしにとって音は遊びであり、仕事であり、趣味でもあるんです」
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多彩な演目でタンゴの魅力を放つ/アストル・ピアソラ没後30th Anniversary 小松亮太 Homage to Piazzolla -featuring 古川展生-
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2022.6.20
タンゴの革命児ピアソラは、2021年が生誕100周年で、2022年は没後30年の2年連続アニバーサリー・イヤー。様々な創意に溢れた記念公演が目白押しの中、やはり最大の注目は世界的バンドネオン奏者・小松亮太と言ってよいだろう。彼はピアソラの作品を長年取り上げ、2021年には大著『タンゴの真実』を上梓。タンゴの歴史や、それに前後する巨匠の素顔を余すところなく紹介し、ピアソラの功績や位置づけはより明確になった。今回の公演でも、小松はそんなピアソラへの敬愛を音で体現。東京都交響楽団の首席チェリスト・古川展生と初共演し、他にも近藤久美子(バイオリン)、田中伸司(コントラバス)、熊田洋(ピアノ)といった錚々たる名手が一堂に会した。
「まずはピアソラ以外の作品の中からチェロが活躍する音楽を選んだ」という小松。そこで演奏されたのが、いずれもピアソラの後輩にあたるプラサ『ダンサリン』、ロビーラ『エバリスト カリエーゴに捧ぐ』だ。
プラサは、伝統的なタンゴにモダンで都会的な雰囲気を加味した独自の形式を確立。この『ダンサリン』も、軽快、剛毅、憂愁の明快な3部構成で書かれており、ピアソラとはまた違う現代タンゴの魅力を味わわせてくれた。
ロビーラは、ピアソラと同様に、ジャズやクラシックの要素をタンゴに織り込んだ作風の持ち主だが、あえて売れなくてもいい作品を書き続けたそうで、この日もそのシニカルな旨味に納得。
以上のように多彩な演目を、持ち前の柔軟な妙技で縦横無尽に駆け抜けてみせた古川のチェロに改めて畏れ入った聴き手は多かったに違いない。
この日はまた、小松や古川が参加しない演目も披露。
バンドネオンがタンゴに定着していなかった頃に書かれたビジョルド『エル・トリート』は、バイオリン、コントラバス、ピアノの三重奏。トロイロとピアソラが合作した『コントラバへアンド』は、タンゴでは極めて珍しくコントラバスがソリスティックに活躍。ピアナ『悲しいミロンガ』は、これまたタンゴでは珍しく黒人の世界観が表現されているなど、いずれも貴重で充実した音楽体験だった。
そして、小松と古川の初タッグで奏でられた『ブエノスアイレスの冬』『天使のミロンガ』『コラール』『リベルタンゴ』のピアソラ名曲集。小松のしなやかに振幅するバンドネオンと、古川の艶やかで渋味も程よく備えたチェロのマリアージュは、おなじみの作品たちに新たな音色のパレットと疾走感をまとわせることに大成功していたと思う。
渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。