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連載16[多様性とジャズ]人種統合施策の歴史的事件をテーマにした『フォーバス知事の寓話』

『ミンガス・アー・アム』の特色の3つめ、「楽曲のテーマ性」を掘り起こしていく。

このアルバムがジャズ史を語るうえで欠かせない1枚になった大きな要因として挙げられるのが、『フォーバス知事の寓話(Fables Of Faubus)』を収録したことだろう。

寓話とは、「擬人化した動物などを主人公に、教訓や風刺を織りこんだ物語」(デジタル大辞泉)だが、風刺の対象となっているのがタイトルにもある“フォーバス知事”だ。

この人物、米アーカンソー州の知事。1955年から1967年までその地位にあった彼は、人種差別廃止の必要を命じた連邦政府の決定に逆らう差別主義の象徴として歴史に名を残すことになる。

事のはじまりは1957年の夏。アーカンソー州の州都リトルロックにある公立のリトルロックセントラル高校に、9月の新年度から10人のアフリカ系アメリカ人が初めて入学することが決まった。

アメリカでは、1862年の奴隷解放宣言以降もアフリカ系アメリカ人への差別が続くなか、「平等の機会・施設が用意されていれば白人と黒人を分離しても合法」という1896年の最高裁判決を根拠として、“区別”という方法を選ぶことによって表面的な“差別”を黙認していた。

しかし1954年に「公教育の場における人種分離教育は違憲」という最高裁判決が下されたことで、流れが変わる。アーカンソー州でもその流れに沿って徐々に教育機関の人種統合を図る計画が進められ、その象徴的な施策としてリトルロックセントラル高校へのアフリカ系アメリカ人の入学が決まったのである。ちなみに、市教育委員会に高校入学のための転入を申し出たのは80人で、当初はそのなかから成績優秀な10人が選ばれていた。

この流れに逆らうことによって、政治家としての自分のポジションを確立しようとしたのが、フォーバス氏だった。

彼は、1956年の知事選において「私が知事である限り、どの学区にも人種統合を強制しない」という公約を打ち立てる。これが保守的な白人層の票を集めた。

リトルロックセントラル高校への10人のアフリカ系アメリカ人の入学が決定したのはその翌年のことである。これに対して白人層は抗議運動を激化させ、騒然とした状況のなかで新年度を迎えることになってしまうのだ。

登校初日、フォーバス知事は学校前に州兵を動員して威圧、市教育委員会も出席を控えるように警告するといった混乱が生じて、アフリカ系アメリカ人の生徒の登校は阻まれてしまう。これに恐怖した1人が入学を断念。以降、残った9人が“差別”の矢面に立たされて、この人種統合施策のモデルケースの“当事者”としてLittle Rock Nine(リトルロックの9人)と呼ばれ、テレビや新聞で大々的に報じられるようになる。

アイゼンハワー大統領までもが出向いてフォーバス知事らと会談するといった打開策が図られるも、ときに暴力を伴った彼らへの“差別”は解消しなかった。それどころかフォーバス知事は1958年、白人生徒の私立高校への転校を支援するという名目を掲げて、リトルロックにあるすべての人種統合高校を閉鎖する命令を下す。これによって、公立高校での人種統合政策を事実上不可能にしてしまったのだ。

結局、フォーバス氏は6期12年の知事任期を務め、政治的には“支持を得ていた人物”ということになるが、1960年代後半になると選挙に勝てなくなり、表舞台から去ることになった。

『ミンガス・アー・アム』に収録された本曲『フォーバス知事の寓話』は、この一連の騒動の中心人物であるフォーバス氏を風刺したもので、彼の行動に“怒った”ミンガスが生み出した“プロテスト・ジャズ・ソング”であると言える。

次回は、この曲の内容に触れていこう。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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