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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#002 カリブの風を21世紀にも届けてくれる普遍的コンセプト~『サキソフォン・コロッサス』編
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2022.12.7
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?
すべての子音に母音が付いている日本語では、単語の音節が多くなると言いやすく&覚えやすくするために、音節を省略する傾向が顕著です。
一般的に4拍のリズム=××××(割前勘定をワリカン、就職活動をシュウカツ、リストラクチャリングをリストラなど)に収まるように短縮・省略されることは、ポピュラリティと比例関係にあると考えることができます。
前回の『ワルツ・フォー・デビイ』は(ジャズの“名盤”のトップを飾ったにもかかわらず)残念ながら省略して表現されることの少ないタイトルなのですが、2番手の『サキソフォン・コロッサス』は、ジャズ・ファンのあいだで“サキコロ”と呼ばれる“名盤”です。
そして、「え?“サキコロ”も知らないの?」などと、いわゆる“ジャズ沼の踏み絵”的な場面で使われることが多い“名盤”でもあります。
さて、アナタは“サキコロ”、知ってましたか?
『セント・トーマス』/ソニー・ロリンズのアルバム『サキソフォン・コロッサス』より。
1956年にリリースされたスタジオ録音版。テナー・サックス+ピアノ・トリオのクァルテット演奏による5曲を収録しています。
リーダーのソニー・ロリンズは、1930年に米ニューヨークで生まれたサックス奏者。高校時代から、ジャッキー・マクリーン(アルト・サックス)やケニー・ドリュー(ピアノ)といった、後にビッグネームとなる友人たちとバンドを組んで活動するようになり、レコーディング・デビューは1949年。
1950年代前半は、モダン・ジャズと呼ばれるハード・バップ系サウンドの立役者として活躍しますが、1954年に活動を中断して音楽界から姿を消します。
1955年、クリフォード・ブラウン(トランペット)とマックス・ローチ(ドラムス)のダブル・リーダー・バンドのメンバーとして復帰し、再びジャズ・シーンの最前線へ戻ってきた時期に収録されたのが、本作となります。
復帰前のソニー・ロリンズは、マイルス・デイヴィスが“ビバップの始祖”である「チャーリー・パーカーに比肩する」と評するような、圧倒的な技量とパワフルな表現力をもったプレイヤーでした。
じつはアナログ盤の時代の“お遊び”のひとつだったのですが、ソニー・ロリンズの33回転のLPを45回転にして再生すると、サックスのキー(調性)が変化して聞こえるため、音色もフレーズもチャーリー・パーカーそっくりに聞こえたりしたことで、マイルス・デイヴィスの言葉の正しさをボクたちも確認できたりもしていたのです。
ソニー・ロリンズ自身は、こうした優位性をメリットとは感じていなかったようで、チャーリー・パーカーのアプローチや音色とは異なる“自分らしいサウンド”を表現するにはどうすればいいのかに悩んでいたために活動を中断、音楽界から姿を消したのだと言われています。
復帰後のソニー・ロリンズは、独自の世界観を表現できるようになり、“ジャズを演奏するプレイヤー”から“自分を表現することがジャズになるプレイヤー”へとヴァージョンアップすることになりました。
その象徴とも言える本作では、特に収録曲『セント・トーマス』が高く評価されています。
この曲はソニー・ロリンズのオリジナルで、カリプソというスタイルをアレンジの手法として用いています。
カリプソとは、南北アメリカ大陸の中央に位置するカリブ海周辺諸国において、20世紀に入って発生した音楽スタイル。主にカーニヴァルで用いられ、4分の2拍子で明るい曲調という特徴があります。
ソニー・ロリンズの母親はカリブ海に浮かぶ米領ヴァージン諸島出身で、彼が幼いころに母親の歌う子守歌に親しんでいたことがきっかけで自分のアイデンティティのひとつとしてのカリブ海に興味をもち、カリプソに出逢って自作に取り込んだ──という経緯だったようです。
1950年代は、同じカリブ海にあるプエルトリコ自治連邦区からアメリカへの移民がピークに達した時期でもあり、その中心地であったニューヨークでは、移民が持ち込んだラテン音楽=サルサが大ブームを巻き起こしていました。
こうした背景も、ソニー・ロリンズに自身のルーツとカリプソという音楽へ目を向かせるきっかけとなっていたのでしょう。
そしておそらくサルサ・ブームに同調するかたちで『セント・トーマス』も大注目となり、彼の代表曲のひとつとなった──というのが、現時点で当時を振り返っての『サキソフォン・コロッサス』の評価になります。
ソニー・ロリンズは92歳で“現役”ながら、定期的に行なっていた日本公演も高齢を理由に2010年の“80歳記念ツアー”を最後に途絶えています。
ボクがソニー・ロリンズの来日公演を観るようになったのは1980年代に入ってからでしたが、それでも『セント・トーマス』はほぼ毎回のようにセットリストを飾る、ファンにとってはもちろん、ソニー・ロリンズにとっても欠かすことのできない“アイデンティティの具象”だったのだと思います。
ただ、『セント・トーマス』の意義は、前述のサルサ・ブームとジャズとの関係性を裏付ける証拠という歴史的な部分の比重が増し、音楽的な意味でのインパクトは薄れてきたと言わざるをえません。
とはいえ、シンプルなフレーズの反復をジャズのインプロヴィゼーションによって変化させていくというコンセプトなどは、1960年代に出現するミニマル・ミュージックの先駆けと言ってもよく、こうして再評価の要素が次々と見つけられることも、“名盤”を“名盤”たらしめる所以なのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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