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今月の音遊人:亀田誠治さん「音楽は『人と人をつなぐ魔法』。いまこそ、その力が発揮されるべきだと思います」
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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase16)リスト「詩的で宗教的な調べ」、超絶技巧の果ての高い精神性と旋律美
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2024.1.25
tagged: 音楽ライターの眼, クラシック名曲 ポップにシン・発見, リスト, ラマルチーヌ, リッチー・ブラックモア
ピアノ曲といえば日本ではショパンの人気が高い。次はフランツ・リスト(1811~86年)か。超絶技巧のピアニストだったリストの作品は演奏技術が注目されがちだ。「超絶技巧練習曲」「パガニーニ大練習曲集」「ハンガリー狂詩曲」。しかしリストの魅力は、高い精神性と詩情を映した美しい旋律のピアノ曲集にもある。その代表作「詩的で宗教的な調べ」は今後もっと人気になる。超絶技巧のロックギタリスト、リッチー・ブラックモアが至ったキャッチーな旋律美についても考察しよう。
リストのピアノ曲は膨大にあるが、よく演奏され聴かれるのはほんの一部だ。「愛の夢」、「パガニーニ大練習曲集」の第3番嬰ト短調「ラ・カンパネラ」は突出して有名で、演奏頻度も高い。ソナタ形式と多楽章形式を融合した二重機能形式による単一楽章の「ピアノソナタロ短調」も主要演目として取り上げられやすい。さらには「ハンガリー狂詩曲第2番」も派手な超絶技巧で有名だ。
一方で目立たないのは、超絶技巧を前面に出していないピアノ曲集。その中で「巡礼の年」はラザール・ベルマンの名盤で知られ、村上春樹の長編小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」によって一般の認知度も上がり、公演もある。それを上回る抒情性と内面性、旋律美の「詩的で宗教的な調べ」全10曲は最後に残された未開拓の傑作だ。
「詩的で宗教的な調べ」は第3曲「孤独の中の神の祝福」や第7曲「葬送」が単独で演奏されることもあるが、全10曲通しで聴ける公演は少ない。全曲演奏には80分以上を要する。CD録音も多くない。名盤は巨匠アルド・チッコリーニによる1968年録音盤(ワーナー)。粒立ちの良い明快な響きで、美しい旋律線を浮き彫りにする。ピアノの歌を聴いているようで親しみやすい。最近ではサスキア・ジョルジーニによる2021年の全曲録音が、研ぎ澄まされた音色と深みのある歌心の表現で優れている。
第1曲「祈り(Invocation)」は緩やかな4分の3拍子。6連符や3連符によるリズムをコード弾きでほぼ全編に渡って刻み続ける中、右手がオクターブでゆったりとした旋律を奏でる。装飾音を排し、シンプルな書き方をしている。これが難曲で鳴らすリストの作品なのかと驚くほど、超絶技巧のアピールはない。和音は凝っている。明暗を判じ得ない響きは現代的だ。俗世から離れた聖所で瞑想に耽る気分を出す。そしてついに達する頂点は、恍惚感と多幸感の溢れる祈りの境地だろうか。
第3曲「孤独の中の神の祝福」は演奏時間が20分にも及ぶが、静かな語り口で緩やかに流れる旋律の美しさは比類なく、長さを感じさせない。むしろいつまでも静謐な至福の世界に浸っていたくなる。超絶技巧で女性たちを失神させたモテ男などという固定観念は(一面的には事実だったとしても)、この高い精神性の音楽によって一掃される。
ロマン主義詩人ラマルチーヌの影響
これほどのピアノ曲集がなぜあまり認知されていないのか。背景には複雑な作曲の経緯もありそうだ。リストは19世紀フランスのロマン主義文学を代表する詩人アルフォンス・ド・ラマルチーヌ(1790~1869年)の作品を愛読し、大きな影響を受けた。ラマルチーヌはブルゴーニュ地方の貧しい貴族の出身。イエズス会修道士の学校で聖書を耽読し、宗教的情操を身に着けた。一方で古代ローマのラテン文学やルソー、バイロンらのロマン主義文学も愛読した。こうした教養を背景にラマルチーヌは抒情的で宗教的な「瞑想詩集」を世に出し、フランス詩壇の旗手となった。
ラマルチーヌは1830年、詩集「詩的で宗教的な調べ」を刊行した。この詩集に触発されたリストは、ラマルチーヌに献呈するため、まず単独作品「詩的で宗教的な調べ」を作曲し1835年に出版した。同曲はのちの第3稿(決定稿)の第4曲「死者の思い」の初稿に当たる。この曲の前半は調号も拍子記号もなく、リストの前衛性が早くも出現している。
1845年には第1稿(8曲)が書かれ、1847年には第2稿(11曲)を出版。最終的に全10曲の第3稿を出版したのは1853年であり、作曲は20年近くに及んだ。しかも改訂を重ねた結果、第3稿と第2稿で関連するのは7曲のみ、第3稿と第1稿では1曲しか関連性がない。各稿は異なる曲集といえるが、リストの感性と信仰心の変遷が聴けて興味深い。
「詩的で宗教的な調べ」の作曲の経過と全体像を把握するのは容易ではない。それが一般に知られにくい一因だ。完成度が高く聴きやすいのは第3稿である。リストの最高傑作ともいわれる第7曲「葬送」も加わった。当初のコンセプトを確かめるには、第2稿の第1曲「祈り」の冒頭に引用されたラマルチーヌの詩句を読むといい。前半を筆者試訳。
立ち上がれ、我が魂の声よ、
(Élevez-vous, voix de mon âme,)
暁とともに、夜とともに!
(Avec l’aurore, avec la nuit !)
炎のように舞い上がり、
(Élancez-vous comme la flamme,)
響きのように広がれ!
(Répandez-vous comme le bruit !)
雲の翼に揺られて、
(Flottez sur l’aile des nuages,)
風と、嵐と交わって、
(Mêlez-vous aux vents, aux orages,)
雷鳴と、打ち寄せる波と交わって。
(Au tonnerre, au fracas des flots :)
この情熱的なロマン主義の詩を読めば、その後の「第3稿」が当初のコンセプトと合致する完成形だと分かる。宗教的なだけでなく、1848~49年のハンガリー革命に失敗し処刑された故郷の英雄らに捧げた「葬送」を含め、多様な内面性と情熱を盛り込んだ曲集であるからだ。
ところで、超絶技巧のロックギタリストにはジミ・ヘンドリックスやジミー・ペイジらがいるが、リッチー・ブラックモアはクラシックファンの耳にもなじむ。ディープパープルを経て、レインボーを率いると抒情性と旋律美を増した。自作ではない「アイ・サレンダー」「マジック」を含めポップなヘヴィメタルを志向したアルバム「治療不可」は最たる作品。ベートーヴェンの「交響曲第9番」のアレンジ曲も収めたところは、リストがベートーヴェンの全交響曲をピアノ独奏版に編曲したこととも通じるか。
弟子入りした熱烈な女性ファンにピストルで脅されるなど、リストは俗世に振り回された。だが超絶技巧のピアニストは詩的で宗教的な「第二の声」を持った。それはリストの音楽に深みをもたらす。ラマルチーヌの詩的に言えば、天はリストの「第二の声」を恩寵と呼び、人はそれを天才と呼ぶ。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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