Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#029 「ジャズは難しい」という固定観念を覆す確信犯的ラヴ・ソング集~ジョン・コルトレーン『バラード』編

ジョン・コルトレーンといえば“モダンジャズ”の代名詞的な存在ですが、1940年代半ばから亡くなる1967年までの20年ほどの活動期間に、ハード・バップからフリー・ジャズへと駆け抜けていったような振り幅の大きいスタイル変化を見せ、ブリブリとサックスを吹きまくるイメージが強いキャラクターであった、というのが一般的な認識なのではないかと思います。

そんな突っ走っていくジョン・コルトレーンのイメージに「ちょっと待ったぁ~!」と声をかけるがごとく生まれたのが、本作でした。

リリースから60年を経た今、改めて「ちょっと待ったぁ~!」と立ち止まって、この“名盤”の意味を考えてみたいと思います。


Say It(Over And Over Again)

アルバム概要

1961年12月と1962年9月・11月の3回に分けて、スタジオ・レコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤で、A面4曲、B面4曲の計8曲を収録。

CD化では同曲数同曲順のものと、デラックス・エディションとして未収録&別テイク14曲を加えたヴァージョンがあります。

メンバーは、リーダーでテナー・サックスがジョン・コルトレーン、ピアノがマッコイ・タイナー、ベースがジミー・ギャリソン(『イッツ・イージー・トゥ・リメンバー』のみレジー・ワークマン)、ドラムスがエルヴィン・ジョーンズのクァルテット。

収録曲は、すべてジャズ・スタンダードと呼ばれるカヴァー曲で、ミディアム以下の遅いテンポの曲ばかりという構成になっています。

“名盤”の理由

結論から申せば、本作はバラードばかりを収録した“異色の”作品だったので広く愛聴され、“名盤”になったと言えるでしょう。

バラードとは、もともとは人々が輪になって踊るときに踊り手が自ら歌った舞踏歌で、14世紀の北フランスでスタイルが確立されました。

18世紀のイギリスで形式より物語性を重視するようになる一方で、ヨーロッパではベルリン楽派による歌曲が一般化してシューベルトなどへ引き継がれていったり、ショパンなどのピアノ音楽へと応用されていきます。

ところが、20世紀のポピュラー音楽に出現したバラードは、そうしたクラシック音楽の歴史的な系譜の影響は感じるものの、恋愛をテーマにした抒情的なメロディによって構成される“別もの”として発達することになります。

恐らく、ヨーロッパのオペラから派生したオペラ・コミックやオペレッタがアメリカへ渡って大衆化される際に、劇中の“聴かせどころ”で披露される独唱曲=アリアがもとになって成立したものなのではないか、というのがボクの推測です。

そして、激しいテンポが主流のジャズにおいて、ライヴ・ステージのブレイク(転換)として、テンポの遅いバラードを挟んでセットを構成することが慣例化し、一般的になっていったのではないかと思います(1970〜80年代のディスコにおけるチークタイムを参考に、20世紀初頭のダンス・ムーヴメントにおけるセットの構成を考察してみると、バラードの存在が必要とされた背景がわかるかもしれませんね)。

この慣例はレコード(20世紀半ばまではLP盤)を制作する際にも踏襲され、1枚のアルバムに1~2曲のバラードを収録するというスタイルが定着していた──というのが、1960年代初頭の状況だったわけです。

ところが、その“常識”を覆し、気分転換というか口直し的な扱いだったバラードだけでアルバム1枚を作ってしまったというのが本作で、その意外性と演奏内容のすばらしさがあいまって不動の名盤になった──ということになるのだと思います。

いま聴くべきポイント

マイルス・デイヴィスのモード・ジャズというコンセプションに呼応して、シーツ・オブ・サウンドと呼ばれる独自の“多弁で音楽理論的に破綻のない超絶技巧の奏法”をマスターしつつあったジョン・コルトレーンにとって、抒情的で音数の少ないバラードは「イメージにそぐわない」と思われていたようでした。

確かに、公民権運動との連動やフリー・ジャズの台頭とともに過激さを増していった1960年代初頭のジャズ・シーンにおいて牽引役と目されていたジョン・コルトレーンと、甘くてスローなラヴ・ソングを集めただけのアルバムという対極の組み合わせなのですから、そう思われても致し方ないかもしれません。

これはつまり、当時のジャズ・シーンにおいてシーツ・オブ・サウンド云々というジョン・コルトレーンの業績とイメージが大きかったことを物語るエピソードの裏付けにもなるわけですが、一方で、後追いでジャズを聴く者にとっては作品自体の存在感がどうであるかのみが問題になるはず……。

その視点で本作を味わってみると、わかりやすいテンポによるメロディや、ワン・ホーン編成による比較的単純なアンサンブルなどからも、初心者がジャズに抱きがちな「難しい」というハードルを大幅に引き下げるべく仕組まれた仕様だったことが浮かび上がってきます。

もちろん、マッコイ・タイナーによるピアノのコード・ワークをはじめ、奥深い音楽的技巧が凝らされているなど、ただ甘いだけとマニアにそっぽを向かれるような手抜きをしていないところも、求道者と呼ばれたほど生真面目なコルトレーンならでは。

となれば、本作はジョン・コルトレーンのディスコグラフィにおける“異端盤”などとして扱うのではなく、ポピュラー音楽におけるバラードの存在を脇役から主役に反転させたエポックメイキングな作品として評価するのが正道なのではないか、ということになるわけです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:さだまさしさん「僕にとって音楽は、最高に好きなものであり、最強に嫌いなもの」

12692views

音楽ライターの眼

ザ・ローリング・ストーンズ×ゴダールの邂逅。映画『ワン・プラス・ワン』、チャーリー・ワッツ追悼上映

2891views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

4849views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

25857views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15037views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

5619views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

26299views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8879views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13807views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

9139views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6134views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12081views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

13922views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

27960views

音楽ライターの眼

連載9[多様性とジャズ]ドイツ訛りが解き明かす“アメリカという多様性”とジャズ

2367views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

5804views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

6483views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

15514views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

12053views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6691views

バイオリン

楽器のあれこれQ&A

アコースティックからサイレント、エレクトリックまで多彩なバイオリンを楽しもう!

1151views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8238views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28576views