Web音遊人(みゅーじん)

上野通明

『日本人らしい』奥深い魂の響きを、無伴奏チェロで伝えたい/上野通明インタビュー

2021年、ジュネーブ国際音楽コンクールのチェロ部門で日本人として初めて優勝し、ヨーロッパや日本で活躍の場を広げている新進気鋭のチェロ奏者、上野通明。2024年5月24日にサントリーホールで無伴奏チェロ・リサイタル「邦人作曲家による作品選」が開催される。

音楽に満ちあふれた環境で育った幼少年時代

外交官の父が赴任していたパラグアイで生まれ、幼少期をスペインのバルセロナで過ごした上野通明。母や2人の姉たちが奏でるピアノやバイオリンの音色に包まれて育った。

「母は音大でピアノを専攻し、姉たちもそれぞれピアノとバイオリンを習っていたので、生まれたときから音楽は常に身近にありました。姉のバイオリンをおもちゃにして遊んでいたようです。チェロに興味をもったのは4歳のとき。ヨーヨー・マの『インスパイアド・バイ・バッハ』のビデオを観て、チェロの音色に魅せられました」

上野通明

チェロを学びたいと両親に懇願し、5歳のクリスマスにチェロを買ってもらった。
「初めは両親に反対されましたが、頑張って説得しました。ようやく近所でチェロの先生を見つけて、楽器を買いに行ったんです。初めて弓を横に動かして音を鳴らしたとき、身体中に振動が伝わって感動したのを今でも覚えています」

バルセロナでは、母が若いころから愛用していたヤマハのグランドピアノを囲んで、姉弟でアンサンブルを楽しんだ。そのピアノは今も東京の実家にあり、本番前の練習で使うこともあるという。
「白鍵がくすんでいるほど古いものなんですが、僕たち家族と一緒に旅をして、今も現役で活躍しています。母が編曲したカタルーニャ民謡やクリスマスキャロルを、姉たちと演奏するのは、すごく楽しかったですね。教会やホールで演奏する機会をいただいたときは、練習やリハーサルで皆の自我が強くて喧嘩ばかり。今となっては、それも楽しい思い出です。現在、姉たちはそれぞれドイツとスペインにおり、一緒に演奏することは少なくなりましたが、2023年にバイオリン奏者の姉が帰国した際に、ひさしぶりにデュオを演奏しました」

無伴奏チェロで日本人の心を彫琢したい

2024年5月24日にサントリーホールで開催する無伴奏チェロ・リサイタルでは、すべて邦人作曲家の作品という意欲的なプロクラムを披露する。

「憧れのホールで単独演奏できるなんて夢のようだと、お話をいただいたときは、飛び上がるほど嬉しかったです。留学生活や海外での演奏活動の中で出会った人たちが、日本の文化や歴史について、僕よりも詳しくて驚いたことがきっかけで、『日本人らしさとは何か』と考えるようになり、日本人特有の感性、内に秘めた情念、静寂の美学、時間の捉え方などに興味をもち、深い精神性を探求するプログラムを考えました。西洋音楽を学びながら、自らのアイデンティティを追求した日本人作曲家たちの作品を、このすばらしい機会にぜひ聴いていただきたいです」

黛敏郎『BUNRAKU』、松村禎三『祈禱歌』、森円歌『Phoenix』、團伊玖磨『無伴奏チェロ・ソナタ』、武満徹『エア』、藤倉大『Uzu(渦)』、20世紀に活躍した日本を代表する作曲家たちの作品に加えて2曲の委嘱作品というプログラム。このリサイタルのために書かれた藤倉大の作品は、世界初演となる。
「黛敏郎『BUNRAKU』は、日本の伝統芸能の文楽(人形浄瑠璃)を西洋楽器のチェロで表現した作品ですが、僕も実際に文楽を鑑賞して、その迫力に圧倒されました。太棹三味線の力強いバチさばきを、弦が指板にバシバシと当たるバルトークピチカートという奏法で表現したり、義太夫の渋い声の節回しを低音で歌ったり、緊張感と生命力にあふれた音楽を楽しんでいただきたいと思います。松村禎三『祈禱歌』は、17弦箏のために書かれた作品ですが、同じ音域のチェロに編曲されています。宗教を題材とし、オスティナート(ある音型を持続的に繰り返す作曲技法)を使うことが多い作曲家ですが、この曲も同じモティーフを繰り返しながら激しく膨らんでいき、心の奥底からの叫びが聞こえてくるように感じられます。暗い闇の中に浮かび上がる日本人の美意識を味わっていただけたらと思います」

上野通明

森円花さんは、桐朋時代の先輩で、学生のころからさまざまな作品の初演に関わってきた同世代の作曲家。
「『Phoenix』は、2022年に東京オペラシティの『B→C』に出演したときに委嘱した作品です。そのときのテーマは、神話、宗教、祈りで、コロナ禍の中、作品のアイデアができたそうです。社会がどんな困難に直面しても、音楽は不滅だという強いメッセージが込められています」
後半の最初の曲は、團伊玖磨『無伴奏チェロ・ソナタ』。蛇が好きだったという作曲家の何か不気味なものがうごめくような雰囲気が半音階で表現され、そこに古くからの日本の子守唄が流れてくる。
「2024年生誕100年の團伊玖磨さんがチェロのために書いた晩年の傑作で、西洋音楽の構造の中に日本の旋律を取り入れた作品です」
武満徹の『エア』の原曲は、フルートの作品。
「武満さんは、無伴奏チェロ作品を残されていないけれど、どうしても彼の作品を入れたかったのです。『エア』は、もともと独奏フルートのための作品で、今回特別にご遺族の許可を得て演奏できることになりました。漂う空気感、オーガニックに時が流れたり止まったりする雰囲気をチェロで再現できたらと思います」
最後は、このリサイタルのために書かれた藤倉大『Uzu(渦)』。
「非常に自由度の高い作品です。それぞれ異なる魅力が備わる8つのセクションを自由に入れ替えて演奏することが奏者に許されています。強弱や抑揚を任されているセクションもあり、コーダもいくつかの選択肢の中から選べる。この画期的なアイデアのおかげで、弾く度に新たな魅力を感じます」

チェロひとつを携えて音楽と日本人としてのアイデンティティを探求する若き俊英の挑戦に注目したい。

■上野通明 無伴奏チェロ・リサイタル -邦人作曲家による作品選

日時:2024年5月24日(金)19:00開演(18:30 開場)
会場:サントリーホール(東京都港区)
料金(税込):S席 5,000円、A席 4,000円、U25(A席) 3,000円
※U25の取り扱いは、カジモト・イープラスのみ
詳細はこちら

オフィシャルFacebook オフィシャルTwitter オフィシャルInstagram

photo/ 宮地たか子

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」

9750views

MC5

音楽ライターの眼

ウェイン・クレイマーに捧ぐ。あらゆるハード・ロックとパンクの始祖MC5へのトリビュート・アルバム発表

1100views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

4427views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

55980views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11410views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

15179views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12399views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9215views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11264views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

7999views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4833views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29858views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11575views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11264views

音楽ライターの眼

バッハからショパンへ、大人のロマンティシズム/牛田智大 ピアノ・リサイタル

15568views

一瀬忍

オトノ仕事人

ピアノとピアニストの絆を築く、アーティストリレーションの仕事

3518views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5798views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

2621views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10384views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8092views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

26952views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5375views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29858views