Web音遊人(みゅーじん)

息の合った見事なギターコラボに今後も期待/沖仁×大萩康司×小沼ようすけ“TRES III”

フラメンコギター奏者・沖仁、ジャズギター奏者・小沼ようすけ、クラシックギター奏者・大萩康司、3人によるコラボコンサート「TRES(トレス)」が2024年2月17日に3回目のヤマハホール公演を迎えた。

「TRES」はスペイン語で「3」を意味する。今回の「TRES III」では、小沼がエレキギターを加えたことで、以前とは違う「音色」が生まれ、表現の幅が広がった。事前に軽井沢で1泊2日の合宿を行ったという。息の合った見事なステージを紹介しよう。

彩りにあふれた前半のソロとデュオ

プログラムは、前半5曲がソロとデュオ、休憩をはさんで、後半4曲がトリオ。

スタートは、例年通り、リーダーの沖。師匠ビクトル・モンヘ・セラニートへのオマージュ『マエストロセラニート~イリュージョン』で、フラメンコギターの妙味を披露する。

続いて大萩とデュオで『三千院』。米国のクラシックギタリスト、アンドリュー・ヨークが、京都・大原でインスピレーションを得て書いたという。外国人が感じる洛外の自然、憂い漂うリピート旋律が、二人の呼応で静かに進行する。最後のフェイドアウトがたまらない。消え入るような音が、三千院の森にすうっと吸い込まれていった。

3曲目の『そのあくる日』は大萩の十八番の一つ。キューバ出身のギタリスト、レイ・ゲーラが、彼に書き下ろしたのはもう20年以上前になろう。「TRES」第1回で聴いたときは「今日ある幸せを思う、穏やかな夜明け」を連想した。だが今回は2024年2月に逝去した小澤征爾に対する追悼の念や世界平和への祈りなど、数多の思いがあふれ出て……。出来事によって『そのあくる日』の心情は大きく異なる。もちろん演奏も……。

入れ替わって、小沼がエレキギターで『Jasmine』を。優しい眼差しを感じるラブソングだなあと思ったら、娘に捧げた曲とのこと。2歳の可愛い盛りで、最新ソロアルバム『Your Smile』にも収録されている。

そして、アコースティックに持ち替え、沖とのデュオで前半を締めくくる。ブラジルのパーカッショニスト、アイアート・モレイラの『Tombo in 7/4』。甲子園の人気応援曲、通称「アゲアゲホイホイ」の原曲である。ボディを叩いたりしてパーカッシブに演奏し、まさに「アゲアゲムード」で前半終了。

エレキとアコースティックの音色が溶け合う

後半は、まずクラシックのトレモロ奏法の醍醐味を『アルハンブラの思い出』で。大萩を軸に3人が組み合わせを変えながら進行。沖が「合宿したときの感じがよみがえる」と話す。クラシックを演奏すると魂が旅する感覚になるらしい。小沼は「魂がおじゃまする」と、独自表現で客席を笑わせていた。

次いで、小沼のオリジナル『Flyway』。渡り鳥がV字で飛びゆく情景を描いた曲で、第1回でも演奏した。今回は、大萩のクリアな旋律演奏、沖の哀愁漂うサウンドと小沼の脱力系サウンドのコントラストが絶妙で、渡り鳥の羽ばたきやV字が一層くっきり見える心地がした。

ここで、ブラジルの現代作曲家、ヴィラ・ロボスの『ブラジル風バッハ』が用意されていた。楽器編成が異なる9曲の連作。この日は「8本のチェロと歌」編成の曲を「ギター8本と歌」に編曲した楽譜を用いて、トリオ演奏するという。しかも、小沼はエレキギター。これが予想以上に興味深かった。エレキのソロが、沖と大萩のアコースティックと溶け合って、曲の世界をワイドにし、サブでは曲に厚みを出し、お見事。もう一度、聴きたい。

締めはアストル・ピアソラの『リベルタンゴ』。第2回のエンディングもこれで盛り上がったが、今回小沼はエレキでトライ。進行につれ、深みのある音色へと変化し、新たなピアソラを醸し出す。沖と大萩も、音のエッジを立たせたり、切れのいいストロークなどで、アグレッシブに攻めたりする。客席は盛り上がり、大きな拍手が響いた。

アンコールは、去年と同じく米映画『ディア・ハンター』のテーマ音楽。沖、大萩のリリカルなアコースティックと小沼のメロウなエレキが響きを増幅し、客席はハートウォーミングなムード。演奏が終わるやスタンディングオベーションとなった。

 

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍は『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」など。新刊『絆の極み ~さだまさしと渡辺俊幸の半世紀~』絶賛発売中!
Lucie 原納暢子

photo/ Takako Miyachi

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:さだまさしさん「僕にとって音楽は、最高に好きなものであり、最強に嫌いなもの」

10800views

音楽ライターの眼

ブリティッシュ・ロックの神ドラマー、ビル・ブルーフォードの1970年代の2作品がリミックス再発

3925views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

56486views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

63917views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

10600views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

28748views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

23341views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8458views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30039views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

5596views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

5685views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24855views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9458views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9879views

ジャン=エフラム・バヴゼ

音楽ライターの眼

理知的ピアニストの職人芸、エスプリでつなぐドビュッシー、ショパン、ブーレーズ/ジャン=エフラム・バヴゼ ピアノ・リサイタル

1181views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

5893views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

6931views

reface

楽器探訪 Anothertake

コンパクトなボディに優れた操作性が溶け込んだデザイン

5800views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

22100views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5360views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

17904views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6538views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24855views