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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase27)バルトーク「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」、エスノの抽象化とトーキング・ヘッズ

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase27)バルトーク「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」、エスノの抽象化とトーキング・ヘッズ

ハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラ(1881~1945年)は東欧から北アフリカまでを旅し、地に根差した民俗音楽を採取・分析した。彼の作品の特徴は西欧音楽の古典形式と民俗音楽の融合にある。特に「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」は傑作だ。ピアノを含む打楽器群が抽象的でエスニックなノリの室内楽を繰り広げる。ロックとエスノの融合ではトーキング・ヘッズの名盤「リメイン・イン・ライト」が思い浮かぶ。音楽の可能性を拓くそれぞれのエスノの抽象化を聴こう。

「弦チェレ」を超える最高傑作

バルトークの代表作を絞るのは難しいが、「管弦楽のための協奏曲」、3つのピアノ協奏曲、6つの弦楽四重奏曲、歌劇「青ひげ公の城」、パントマイム音楽「中国の不思議な役人」などが挙がる。最高傑作といわれるのが「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」。しかし「弦チェレ」の1年後の1937年に書かれた「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」も挙げずにはおけない。小編成で抽象度と緻密性を一段と高め、打楽器のアンサンブルの可能性を広げたこの室内楽こそ真の最高傑作だ。

公演やレコーディングは少ない。それでもマルタ・アルゲリッチとネルソン・フレイレのピアノ、ペーター・ザードロとエドガー・ガッジースの打楽器による1993年録音盤(ユニバーサル)、トリオ・ディアギレフ(マリオ・トターロとダニエラ・フェラッティのピアノ、イヴァン・ガンビーニの打楽器)による2013年録音盤(ダ・ヴィンチ・クラシックス)など名盤はいくつかある。

トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」(1980年、ワーナー)

ラベック姉妹のピアノ、シルヴィオ・グァルダとジャン=ピエール・ドゥルーエの打楽器による「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」(1970年録音)を収めた「バルトーク・エディション~ハンガリーの魂 」(CD20枚組、2021年、ワーナー)

楽譜を見るとピアノ2人と打楽器2人のカルテットを想定しているが、最近はトリオ・ディアギレフのように2人分の打楽器を1人で演奏する例もある。打楽器はティンパニ3種類、小太鼓2種類、木琴、シンバル2種類、トライアングル、大太鼓、銅鑼。これだけの打楽器を1人で演奏するには超絶技巧を要する。トリオ・ディアギレフのガンビーニはロックのドラムスのように打楽器の配置を工夫し、シンバルを片手でフタをするように押して鳴らし、ティンパニと木琴を同時に叩くなど、随所で高難度の技を放つ。

減衰音の色彩感と古典形式

「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」の魅力は色彩感だ。「弦チェレ」と異なり、音が持続する弦楽器を使わない。ピアノも打楽器も短時間に音が減衰する。減衰音ばかりのサウンドは独創的だ。トライアングルや木琴の甲高い音、大太鼓の重低音など多彩な音色が出現し、管弦楽以上に色彩感が溢れる。

バルトークは打楽器としてのピアノの可能性を追求した。ハンガリーの民族楽器に弦をバチで打ち鳴らすツィンバロンがある。バルトークやコダーイはツィンバロンを楽曲に用いた。西洋音楽の伝統を超える民俗の響きに期待したか。ツィンバロンに親しんだ感覚からすれば、鍵盤を指で押して弦を打ち鳴らすピアノを打楽器と捉えるのは自然だ。

一方で楽曲の構成は伝統的な古典形式だ。第1楽章は序奏付きのソナタ形式、第2楽章は緩やかな3部形式、第3楽章はロンド・ソナタ形式。不安定な調性、非西洋的な半音階、野蛮なほどのリズムの躍動に対し端正な古典形式というアンビバレンスも作品の魅力を高める。減衰する鋭い音色と相まって、理知的で明晰な響きが数学的な構造美を引き立てるのだ。

国民楽派と異なる「民俗」の精錬

第1楽章は厳かな遅い序奏から始まる。調号無し、8分の9拍子と8分の6拍子を組み合わせた譜面で、ティンパニの静かなトレモロから開始。第1ピアノが「ファ♯・ミ♯(ファ)・ラ・ソ♯・レ♯・ミ・ソ」という音列をオクターブで繰り返す中、第2ピアノが後追いで「ド・シ・ミ♭・レ・ラ・シ♭・レ♭・ラ♭・ソ」と被せていく。この2台のピアノによる第2~5小節で12音階が出尽くした後、6小節目でシンバルが強烈な一撃を飛ばす。

B.Bartók Sonata for 2 pianos and Percussion. Ivan Gambini.

第1楽章の主部アレグロ・モルト(非常に速く)ではピアノと打楽器がそれぞれ強弱の鋭いシンコペーションのリズムを刻んで進む。ハンガリーのロマ風民俗舞曲で言えば、前半のラッセン(遅い舞曲)に対する後半のフリスカ(速い舞曲)。だが国民楽派と異なるのは、民謡素材を精錬させ、抽象度の高い作品に昇華させたことだ。第2楽章では印象主義風の夜想曲を現代的な和声で聴かせる。第3楽章ではエスニックな旋律とビートが古典形式の中をきらびやかに駆け抜ける。

バルトークはナチスから逃れて1940年、米国に移住した。43年、生活支援策としてフリッツ・ライナー指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとカーネギーホールで共演する機会が設けられた。ピアニストの妻ディッタとともに弾いたのが「2台のピアノと打楽器のための協奏曲」。バルトークが「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」を管弦楽用に編曲した作品だ。アガサ・ファセット著「バルトーク晩年の悲劇」(野水瑞穂訳、みすず書房)によると、バルトークは納得がいかなかったか、譜面にない音符を弾いて公演を台無しにする。響きがクリアなソナタのほうが管弦楽版よりも傑作に違いない。

「リメイン・イン・ライト」のアフリカ

トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンはカーネギーホールがパーカッシヴなサウンドにあまり適応していないと指摘している(デヴィッド・バーン著「音楽のはたらき」野中モモ訳、イースト・プレス)。打楽器を強調した音楽は人が踊れる野外で真価を発揮するともバーンは書いている。ロックとアフロビートを融合させたトーキング・ヘッズのアルバム第4作「リメイン・イン・ライト」(1980年)もそうだろう。だが一方でバルトークとトーキング・ヘッズの音作りは巧緻を極める。音色やリズムの微妙な変化を楽しむには室内楽の小ホールやスタジオ空間も必要なはずだ。

トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」(1980年、ワーナー)

トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」(1980年、ワーナー)

アフリカン・ファンクを強調されがちなトーキング・ヘッズだが、「リメイン・イン・ライト」はブライアン・イーノがプロデュースし、個々の演奏パートをサンプリングし編集を重ねたものだ。バンドが目指したのは各人の自律的リズムを合わせていくアフリカの共同体的音楽づくりにあった。アフリカ音楽自体は素材であり、それを再構成した抽象的なポリリズムが「リメイン・イン・ライト」の楽曲の不思議なグルーヴ感の実体だ。

Talking Heads – Born Under Punches – Rome, Italy – 1980

国民楽派や民族主義と一線を画し、多様な民俗音楽を生かし、抽象度の高い音楽を創造したバルトークとトーキング・ヘッズ。その後、ワールドミュージックとヒップホップの全盛期がやってくる。バルトークは各地で採取した民謡の歌い手や場所が消滅することを憂いていた。世界各地の民謡や舞踊が未来の多様性の音楽をもたらすのならば、バルトークの旅を終わらせるわけにはいかない。

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池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
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