Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#050 “オワコン”だったビッグバンドがモダン・ジャズへと次元上昇~カウント・ベイシー・オーケストラ『エイプリル・イン・パリ』編

映画『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』(2020年公開)は、岩手・一関で50年続いた“ジャズの聖地”と呼ばれるほど熱狂的なファンがいる店のこだわりと主人の生き様をかいま見ることのできるドキュメンタリータッチの映画でしたが、そのなかでテーマ曲のように用いられていたのが本作収録のタイトル曲『エイプリル・イン・パリ』。

曲の終盤、「ワン・モア・タイム!」というカウント・ベイシーの声にあわせてエンディングを3回も繰り返すなど、ライヴ感のあるユニークな、カウント・ベイシー・オーケストラらしさを演出した印象的な曲で、この曲が本作を“名盤”たらしめたと言っても過言ではないでしょう。

裏を返せば、本作でカウント・ベイシー・オーケストラは、改めて“らしさ”を強調しなければならない状況であったとも言えるわけです。

そんな事情を掘り起こしながら、本作を再点検してみましょう。


April In Paris

アルバム概要

1955年と翌56年の2回に分けて、米ニューヨークのファイン・サウンド・スタジオで収録されました。

オリジナルはA面5曲/B面5曲の合計10曲を収録したLP盤で1957年にリリース、同じ構成で1981年にカセットテープも発売されました。CD化では同曲数同曲順のほか、ボーナス・トラック7曲を追加した合計17曲収録のヴァージョンもリリースされています。

メンバーは、指揮とピアノがカウント・ベイシー、トランペットがルノー・ジョーンズ、サド・ジョーンズ、ジョー・ニューマン、ウェンデル・カレイ、トロンボーンがベニー・パウエル、ヘンリー・コーカー、ビル・ヒューズ、アルトサクソフォンがマーシャル・ロイヤル、ビル・グラハム、テナーサクソフォンがフランク・フォスター、フランク・ウェス、バリトンサクソフォンがチャーリー・フォークス、ギターがフレディ・グリーン、ベースがエディ・ジョーンズ、ドラムスがソニー・ペイン、パーカッションがホセ・マングァル、ウバヅロ・ニエド。

収録曲はいずれも“ベイシー・レパートリー”と呼ばれる、メンバーのオリジナル曲やスタンダード・ナンバーを織り交ぜた選曲になっています。

“名盤”の理由

コンボ(小編成)のジャズにおいては、ビバップがハード・バップへとヴァージョンをアップさせたことによって、“モダン・ジャズ”と呼ばれるまでの芸術性を高めることができたとされています。

一方で、ビッグバンド(大編成)のジャズにおいては、ポピュラー音楽の中心を担っていた隆盛期が1920~30年代で、それ以降、特に第二次世界大戦後は経済不況の煽りも受けてバンド経営が成り立たなくなり、次々とメジャーなオーケストラが解散していくという惨状を呈していました。

つまり1950年代には、ジャズ・オーケストラという形態は一般的に“オワコン”と認識される状況だったのですが、そうしたジャズ・オーケストラ・ファンたちに希望の光を与えたのが本作だったわけです。

本作が隆盛期を懐かしむリヴァイヴァル風にとどまることなく、モダン・ジャズとして1950年代のコンボ作品と肩を並べる先取性を備えていたことが、“名盤”という評価につながったのだと思います。

いま聴くべきポイント

冒頭で触れた映画『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』については、2020年の公開時に加えて、2023年6月に東京・池袋の新文芸坐で“オーディオルーム 新文芸坐”と題して特別上映された際にも観に行き、一般上映とは異なるスペシャルな音響によってこの映画を考察し直すことができました。

そこで改めて感じたのは、映画で描かれていたジャズ喫茶ベイシーの“オーディオへの執着”と、カウント・ベイシー・オーケストラが試みていた“時代の音楽への執着”との共通性だったりするのです。

それはたとえば、装飾音符をほとんど用いないカウント・ベイシーのピアノが浮き立つようなホーン・セクションのハーモニーとヴォリュームの組み合わせを意識できるようになることであり、ひいてはマリア・シュナイダーや挾間美帆のサウンドに対する感じ方をもっとおもしろくしてくれることになるんじゃないか、と……。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

原田慶太楼

今月の音遊人

今月の音遊人:原田慶太楼さん「音楽によるコミュニケーションには、言葉では決して伝わらない『魔法』があるんです」

3520views

ジェフ・ヒーリー

音楽ライターの眼

ジェフ・ヒーリー、映画『ロードハウス/孤独の街』サウンドトラック完全盤が遂にリリース

2498views

トランスアコースティックピアノ™

楽器探訪 Anothertake

音量の問題を解決し、ピアノの楽しみを広げる「トランスアコースティックピアノ」

5956views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2196views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

16988views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

4075views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

20266views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8690views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14519views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

9174views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6030views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34871views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

9884views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9504views

エリック・セラ

音楽ライターの眼

『恐怖の報酬』とその音楽/ジョルジュ・オーリック、タンジェリン・ドリーム、エリック・セラ

1917views

西本龍太朗

オトノ仕事人

アーティスト・聴衆・新聞の交点に立つ/音楽記者の仕事

910views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

12416views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

9262views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

8542views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6749views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

70861views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7243views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34871views