Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#054 芳醇なスタイルへとテイストを刷新したピアノ・ジャズの新潮流~ビル・エヴァンス『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス』編

ビル・エヴァンスのピアノを日本酒にたとえると“淡麗辛口”だと言われてボクが納得したのは、飲酒が許される年齢になったころだから1980年代初頭のこと。

1970年代半ばから巻き起こっていた第一次地酒ブームも落ち着き始め、“幻の”と言われていた“越の三梅”(雪中梅、越乃寒梅、峰乃白梅の3銘柄)こそ手に入りにくかったものの、学生の身分でも気軽に入れる居酒屋でアレコレと各地の日本酒を飲み比べできるようになって、特に新潟の酒の特徴のように言われていた“淡麗辛口”のイメージが、当時のハード・ローテーションだったビル・エヴァンスのアルバムに重なっていたのでした。

といっても個人的に“淡麗辛口”だと感じていたのは、1959年から61年にかけて制作された“リバーサイド四部作”と呼ばれる『ポートレイト・イン・ジャズ』(#003)、『エクスプロレーションズ』、『ワルツ・フォー・デビイ』(#001)、『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』の4枚。

本作もビル・エヴァンスの必聴盤と言われていたのでチェックはしていたものの、“リバーサイド四部作”とは違うテイストに戸惑って、ちゃんと聴くようになったのはCDで購入した2000年代初頭だったと思います。

その“テイストの違い”をあぶり出しながら、改めてこの“名盤”を評価してみましょう。


Someday My Prince Will Come (Live At The Montreux Jazz Festival, 1968)

アルバム概要

1968年6月15日に、スイスとフランスにまたがるレマン湖のスイス側の湖畔で開催された、第2回モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのステージを収録したライヴ盤です。

メンバーは、ピアノがビル・エヴァンス、ベースがエディ・ゴメス、ドラムスがジャック・ディジョネットの、いわゆるジャズ・ピアノ・トリオ。

収録曲は、ジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーのほか、自身のオリジナルや親交のあったミュージシャン仲間の曲を選んでいます。

オリジナルはLP盤で、A面4曲B面5曲の合計9曲を収録。CD化ではボーナス・トラック『クワイエット・ナウ』を加えた全10曲のヴァージョンでリリースされています。

“名盤”の理由

本作は、リリース翌年の第11回グラミー賞(1969年)で最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバムを獲得するなど、最初から“名盤”の誉れ高い作品として評価されていました。

その理由はおそらく、はからずも冒頭で触れた“淡麗辛口”、すなわちビル・エヴァンスらしさが薄いと感じられるテイストゆえだったのではないかと思うのです。

いま聴くべきポイント

では、“ビル・エヴァンスらしさ”とはなにか──ということになるわけですが、前述の“リバーサイド四部作”を基準に彼のテイストを判断しようとする“ポスト・ビル・エヴァンス(post Bill Evans)”世代のボクにとって、本作のテイストは“アンティ・ビル・エヴァンス(ante Bill Evans)”、言い換えればビバップ以前のジャズ・ピアノが有していた表現を多く含んだプレイスタイルとなっていて、それが“戸惑い”を招く原因となった、と考察するわけです。

“アンティ・ビル・エヴァンス(ante Bill Evans)”というテイストは、ジャズが多様化を極めていく1960年代後半という時代にあってノスタルジックな心理効果を生み、かつてジャズに親しみを感じていた多くの人々のジャズへの関心を呼び覚ますものでもあったため、グラミー賞などの高い評価にもつながったのでしょう。

もちろんビル・エヴァンス・トリオが、ノスタルジックな心理効果を生むために過去のスタイルをそのまま用いるような安易な方法論をとるわけがないのは、言うまでもありません。

それは、本作の収録曲『いつか王子様が』を『ポートレイト・イン・ジャズ』収録の同曲と聴き比べると、ジンワリと“見えて”くるんじゃないかと思うので、ぜひ試してみてください。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人 岡本真夜さん

今月の音遊人

今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」

12293views

ティナ・ターナー

音楽ライターの眼

ティナ・ターナーの豊潤なソロ・キャリアを辿る。CD3枚組アンソロジー『クイーン・オブ・ロックンロール』発売

1779views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

31387views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

24188views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8803views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

51905views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

14815views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4627views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

17272views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

9602views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7691views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

29069views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9307views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

14128views

音楽ライターの眼

スーパーグループ、トマホークの新作『トニック・イモビリティ』とメンバー達の多彩な活動

3277views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

10335views

ざぶとんず

われら音遊人

われら音遊人:本家ディアマンテスが認めた 力強く、心躍るサウンド!

1748views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

13116views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

16001views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5657views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

403683views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

9000views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35931views