Web音遊人(みゅーじん)

アレクシス・フレンチ

“ソングがソングであった”時代のような、その人だからこそできる音楽を作りたい/アレクシス・フレンチ インタビュー

英国を中心に高い人気を誇るコンポーザー・ピアニスト、アレクシス・フレンチ。心に語りかけてくるようなピアノは、聴き手の記憶の奥底に眠る感情をよみがえらせ、イマジネーションを喚起する――。2025年6月、初の単独公演のため来日した折に話を聞いた。

音楽をなんの分け隔てもなく聴いてきた幼少期

「日本での公演が、世界各地をまわってきたツアーの最後になります。それぞれの曲がどんなインスピレーションを受けて生まれたか、音楽の先にどんな世界を目指しているかといったことを、ピアノの演奏と映像、トークで描き出すコンサート。私がここまで辿ってきた旅路を辿るストーリーテリングな内容とでも言うのでしょうか」

ジャマイカからイギリスに渡った移民の両親のもとに生まれたアレクシスは、幼いころからスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイのレコードに合わせて、キッチンテーブルの上でピアノの弾き真似をしていたという。

「4歳半ぐらいのときに古いアップライトピアノを買ってもらって、テーブルからピアノへの地理的移動が起こりました(笑)。はじめてピアノの鍵盤に触れてコードを鳴らしたとき、それまで自分の頭のなかで鳴っていた音が、完璧なかたちで聞こえたことをよく憶えています」

絶対音感があったアレクシスは瞬く間に才能を開花させ、奨学金を得てパーセル音楽学校、ロンドン王立音楽アカデミー、ギルドホール音楽演劇学校という名門校で高等教育を受けた。

「家をレコード店にたとえると、1階にはソウルやR&B、レゲエなどが並んでいて、2階の自分の部屋にはクラシックが並んでいるといった感じ。その間に境界線はありませんでしたし、クラシックはポップスよりも重要な音楽だというようなピラミッド的な価値観も一切ありませんでした。私はそういう価値観を知る前から、父の膨大なレコード・コレクションのおかげで、音楽をなんの分け隔てもなく聴くことができました。そのようなヘルシーな音楽体験が、私の音楽哲学の根本にあると思います」

アレクシス・フレンチ

みんなの魂が求めるものに応えるような音楽を

そんなアレクシスが2024年末にリリースした4枚目のアルバムは、『クラシカル・ソウル Vol.1』。『やさしく歌って』(ロバータ・フラック)、『チェンジ・イズ・ゴナ・カム』(サム・クック)、『アット・ラスト』(エタ・ジェイムズ)といった往年のソウル・ミュージックのカヴァーが“Interlude”としてアレクシスのオリジナル曲の合間に挿入されている。

「今回のアルバムは、自由に音楽を聴いて楽しんでいた子どものころを振り返りたいという思いで作りました。そういう意味で、“Interlude”として選んだ曲はソウル・ミュージックへのオマージュであり、素晴らしい音楽体験を与えたくれた父への感謝を込めています。自分のオリジナル曲ではクラシック的なリリシズムを大切にしつつ、その合間にソウルの持つ熱いエモーションが顔をのぞかせながら展開していく。ふっと昔の記憶がよみがえるような感じにしたかったので、“Interlude”はいずれも1分前後の短いピアノ・ソロになっています」

これまでのアルバムとの違いは、みずからの内的世界へと誘う静謐な曲だけでなく、外の世界へ向けた躍動感あふれる曲が収録されているところだろう。コンゴのシンガー・ソングライターをフィーチャーし、2024年のパリ・オリンピックで人々がひとつになることを祝福する多文化アンセム『ソアー』や、ベートーヴェンの『運命』を、ピアノ、オーケストラ、ヒューマンビートボックスなどがスタイリッシュに歌い上げる『フェイト』といった曲からは、他者や社会との関わりを感じさせる。

「パンデミックをきっかけに、みんなは自分になにを期待しているんだろう?ということを意識するようになりました。これまでは書きたい音楽を書いてきたけれど、どうやったら自分の音楽がみんなの役に立てるんだろう?と考えるようになった。自身を満たすものであると同時に、みんなの魂が求めるものに応えるような音楽になってきていると思います。それしか私には役に立てることがありませんから」

アレクシス・フレンチ

アレクシスにとってのピアノとは、どんな存在なのだろう。

「私にとってピアノは、世のなかを理解するための手段であり、愛やフラストレーションなどあらゆる感情を表現する道具でもあります。パンデミックの期間を経て、ピアノというものの存在が自分にとってより大きくなっているのを感じています。そうそう、ヤマハのピアノも最近立て続けに買いましたよ。一台がトランスアコースティックピアノ、もう一台がアバングランド。このピアノのテクノロジーは信じられないぐらい素晴らしいと思います」

ピアノ以外の楽器でソウルを演奏してみたいと思ったことはない?と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「コンポーザーは、ストリングでもベースでもドラムでも、すべての楽器にボイスを与える職業ですから、ピアノ以外の楽器を弾きたいと思ったことはあまりありません。それよりも、コンポーザーの魂が感じられる音楽、“アレクシス”というサインが刻まれているような個性のある音楽を残していきたいと強く思っています。AIで音楽が量産されるようになった今だからこそ、“ソングがソングであった”時代のようなフィーリングが感じられる、その人だからこそできる音楽を作っていきたいですね」

アレクシスのピアノとともに、自分の魂にとって大切なものを振り返ってみたい。


Alexis Ffrench – Classical Soul Vol.1 from Hotel Chelsea in NYC

■アルバム『クラシカル・ソウル Vol.1』

アレクシス・フレンチ
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ
発売日:2024年12月25日
料金:2,860円(税込)
詳細はこちら

photo/ ALEX_LAKE_TWOSHORTDAYS

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:小林愛実さん「理想の音を追い求め、一音一音紡いでいます」

19181views

音楽ライターの眼

2020年2月、トニー・ハドリーが来日。スパンダー・バレエの名曲の数々を歌う/2020年2月23日、ビルボードライブ東京

10522views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

4420views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

50538views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9290views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

10313views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

22122views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8343views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

26065views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9785views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

7040views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12323views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5919views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

26065views

ホーカン・ハーデンベルガー

音楽ライターの眼

「地上で最高のトランペット奏者」と評されるその演奏に恍惚とする/ホーカン・ハーデンベルガー トランペット・リサイタル

14637views

オトノ仕事人

新たな音を生み出して音で空間を表現する/サウンド・スペース・コンポーザーの仕事

8700views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

7402views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

5182views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10791views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5845views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

130907views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7944views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35864views