今月の音遊人
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今月の音遊人:児玉桃さん「音楽は景色、温度、色彩、時間など多彩な要素を描き出すことができ、それを聴いた人たちと気持ちを分かち合うことができる」
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2025.10.1
パリを拠点にヨーロッパ、北米、日本をはじめとするアジア各地で活発な演奏活動を展開しているピアニストの児玉桃さん。J.S.バッハからメシアンを含む現代作品まで幅広いレパートリーを誇り、演奏は高い評価を得ています。幼少時代からヨーロッパで過ごし、パリ国立高等音楽院で学び、1991年ミュンヘン国際音楽コンクールにおいて最年少で最高位に輝きました。そんな彼女は4つの質問に対し、ことばを尽くして真摯な答えを返してくれました。
3歳の時ドイツでクリスマスにピアノの先生がチャイコフスキーのバレエ音楽『くるみ割り人形』とプロコフィエフの交響的物語『ピーターと狼』のLPをくださったのを繰り返し聴きました。家にはテレビがなかったので、音楽を聴いてさまざまな場面を想像していました。踊りの要素を含んだ作品が大好きでした。
もうひとつ大好きだったのは、ルーマニアの歴史に名を残す偉大なピアニスト、ディヌ・リパッティのショパン『ワルツ集』です。これはカセットテープで聴いていたのですが、文字通りテープが擦り切れるまで(笑)、繰り返して聴きました。ロシアの偉大な名手として知られるタチアナ・ニコラーエワのJ.S.バッハの『インヴェンションとシンフォニア』も、何度も聴いていました。
12〜13歳になったときには、ビートルズのコンピレーションアルバムのいわゆる『赤盤』と『青盤』。音楽の中のスイングが好きでした。
オーケストラ曲もよく聴いています。リスト『ファウスト交響曲』はファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスという登場人物の個性の違いに強く引き付けられました。でも最終的には弾いている曲が一番たくさん聴いています。たくさんの時間繰り返して練習して、演奏していますので!
音自体ではなく、音の重なり合い、音の使い方、音の組み合わせ方などに興味があります。私は音楽なしの人生は考えられず、音楽なくしては生きていかれないと思っていて、音楽は酸素や水のような存在です。普段は当たり前のようにありますが、なくなりそうになると気が付きます。音楽はさまざまな感情だけでなく景色、温度、色彩、時間など多彩な要素を描き出すことができ、それを聴いた人たちと気持ちを分かち合うことができる。まさにミラクルな存在です。
長年弾き続けた作品でもひとつひとつの音を徹底的に研究し尽くした上で、常に初めてその曲を聴いて演奏するような喜びを奏でる。そのなかで音楽との新鮮な接し方ができる人をイメージします。そういう人が生み出す音楽はけっして堅苦しくなく、曲が求めている自由さと遊び心にあふれ、演奏した瞬間に生まれた作品のような、新鮮な演奏が誕生します。私にとってそれが出来るのが本物の芸術家で、共演した場合には私自身も新たな発見があります。私も何歳になっても遊び心を忘れない芸術家でありたいと思っています。
ピアニストという職業を選んで本当によかったと思います。なぜかというとピアノはカメレオンのような存在で、一台でオーケストラの各楽器から声楽まであらゆる音を表現することが可能で、音楽が一台で完結します。
自分の生きがいとしていることが仕事であることほど幸せなことはないですし、自分の生きる姿勢をピアノで伝え、作品のすばらしさを共有し、音楽が聴く人の心の底に触れ、見えていなかった美しさに敏感になり、幸せにできると確信しています。
私はメシアンをはじめ現代音楽の作曲家や作品との交流もあり、たくさんの初演をしたことによって、音楽の歴史で今起こっていることを次の世代に橋渡しする喜びも感じます。例えばメシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオ先生(メシアン作品のほとんどの初演者)との交流も深く、『幼子イエスに注ぐ20のまなざし』をはじめメシアン作品は数多く演奏していますが、いつも演奏するたびに高い次元に向かうことができると感じています。美しいものに触れると、人間は感性が磨かれ、表現力が増し、感情豊かになれます。
最近は国際コンクールの審査員を数多く担当し、2025年6月はベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールの審査員を行い、10月にはショパン国際ピアノコンクールの審査員としてワルシャワに行きます。2027年の浜松国際ピアノコンクールの審査委員長も依頼され、光栄に思っています。私はコンクールで点数をつけるだけではなく、あくまでもコンサートを聴く気持ちでその出場者の音楽を楽しみます。
2022年からドイツのカールスルーエ音楽大学で指導をしていますが、コンクールにしても音大にしても、これだけデジタル化した時代でも若いピアニストは生の音楽を愛し、心を注ぎ、一生懸命勉強して、演奏して、聴く人にその美しさを伝えているのを見ると、やはり音楽の力は全ての時代を超えて存在すると感動します。
児玉桃〔こだま・もも〕
幅広いレパートリーと豊かな表現力で国際的に活躍を続けるピアニスト。J.S.バッハからメシアンを含む現代作品まで、その演奏は高い評価を得ている。パリ国立高等音楽院にてマレイ・ペライア、アンドラーシュ・シフ、タチアナ・ニコラエワといった巨匠に師事。1991年にはミュンヘン国際音楽コンクールにおいて、最年少で最高位に輝く。以来世界各地の主要な音楽祭やコンサートホールで演奏活動を展開。ケント・ナガノ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、小澤征爾指揮ボストン交響楽団、モントリオール交響楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団など、世界一流のオーケストラと多数共演している。また、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団のアジアツアー、オーギュスタン・デュメイ指揮関西フィルハーモニー管弦楽団のヨーロッパツアーではソリストを務めた。後進の指導にも力を注いでおり、現在はドイツのカールスルーエ音楽大学で教授を務める。また、エリザベート王妃国際音楽コンクール、ショパン国際ピアノコンクール、ジュネーヴ国際音楽コンクール、ロン=ティボー国際コンクール、浜松国際ピアノコンクールなど、数々の世界的コンクールで審査員を務めている。2009年中島健蔵音楽賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。令和4年度には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。現在はパリに在住。
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文/ 伊熊よし子
photo/ Lyodoh Kaneko
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