Web音遊人(みゅーじん)

舘野泉さん

ピアノを弾いていることが、なにより楽しい/「左手のピアニスト」舘野泉インタビュー

左手だけのピアノと聞いて、多くのクラシック音楽ファンはモーリス・ラヴェルの名作ピアノ協奏曲を思い出すであろうし、その曲を献呈されたパウル・ウィトゲンシュタインという、戦争で右腕を失ったピアニストのことも広く知られてきた。しかし21世紀となった今、左手のピアノといえば多くの人が舘野泉の名前を思い浮かべることだろう。

2002年にステージ上で倒れた舘野が、右手の麻痺によって「左手のピアニスト」となり、復活を果たしたのが2004年のこと。途方に暮れていた中で左手のみで演奏する曲を知り、さらに自ら新曲を依頼するなどして希望をふくらませた。 「最初に書いてくださったのは間宮芳生さんでしたが、とても難しいとおっしゃっていました。やはり左手のみだから制約があるのかと思っていましたが、いまでは多くの作曲家たちが『既存のルールに縛られることなく自由に作曲できるし、両手のための曲はもう書き尽くされているので新しい挑戦ができる』と言ってくれます」

まったく知らない作曲家から突然、「書いてみたので弾いてくれないか」と楽譜が送られてくることも多いらしく、委嘱作も含めて100曲近くの新曲が舘野のもとに集まった。 「池辺晋一郎さんや吉松隆さん、アコーディオン奏者のcobaさんほか、本当にたくさんの方へ新曲をお願いしましたが、ピアノ・ソロの曲だけではなくコンチェルトや室内楽曲まで、バラエティも豊かになりました。一般の方から支援をいただいて委嘱をする『左手の文庫』という基金も大切な存在であり、むこう2年間であと10曲は新作が生まれるでしょう。楽譜もいろいろな曲が出版されていますので、アマチュアのピアニストにも弾いていただけます。いまは演奏することが楽しくて仕方がありません」

舘野泉さん

著書『絶望している暇はない 「左手のピアニスト」の超前向き思考』(小学館・新書)には、「右手を奪われたんじゃない。左手の音楽を与えられたのです」という舘野自身の言葉が記されている。それこそが積極的な活動の原点にして理由であり、現在の偽らざる純粋な気持ちなのだろう。 「ピアノを弾くことが生きがいといいますか、生活そのものですね。必要以上に使命感ももちませんし、無理をせずに演奏活動を楽しんでいるのです。生徒をもつことも40年ほどしていませんし、コンクールの審査員などもしたくありません。自分でピアノを弾いていることが、なにより楽しいのですよ。そういえば高校2年生のとき、それまではアップライトピアノを弾いていましたけれど、ヤマハの小さなグランドピアノを買ってもらったのです。もううれしくてねえ。学校に行っても昼休みには電車で自宅へ戻ってきて、ピアノを弾いていたくらい。『楽しまないと、なんの人生か!』と思いますよ」

多くの曲を初演するだけでなく、繰り返し演奏するケースも増えてきた。それゆえ、コンサートの数も多くなるのだという。ときには息子さんでバイオリニストのヤンネ舘野と、小さなライブハウスでタンゴなどを弾くこともあるとか。 「吉松隆さんの『タピオラ幻景』は、もう200回くらい弾きました。cobaさんの『記憶樹』もかなり多いですね。光永浩一郎さんの『サムライ』という作品も名曲ですし、『オルフェウスの涙』という曲も素敵です。彼のことはまったく知りませんでしたが、楽譜を送ってくれて演奏するようになりました。世界にはきっと彼のような、未知の素晴らしい作曲家がたくさんいらっしゃるに違いありません」

図らずも(と言っていいだろうか)、新しいジャンルの開拓者となってしまった舘野泉。「左手ピアノ」の世界は、まだまだ広がりをみせるはずだ。

■舘野 泉 ピアノ・リサイタル 〜ユヴァル・ゴトリボヴィチを迎えて〜

ビオラ奏者であり作曲家でもあるユヴァル・ゴトリボヴィチをゲストに迎え、彼自身のビオラ・ソナタや、アイスランドの作曲家マグヌッソンの左手ピアノ曲、谷川賢作の新作初演ほか、意欲的なプログラムでリサイタルを行う。

日時:2018年5月24日(木)19:00開演(18:30開場)
場所:ヤマハホール(東京都中央区銀座7-9-14 ヤマハ銀座ビル7F)
料金:6,000円(税込)
曲目:池辺晋一郎/1枚の紙と5本のペン~左手ピアノのために、Y.ゴトリボヴィチ/ビオラと左手のピアノのためのソナタ、谷川賢作/スケッチ・オブ・ジャズ3(ビオラと左手ピアノのために)※委嘱初演 ほか
公演の詳細はこちら

 

特集

東儀秀樹インタビュー - Web音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:東儀秀樹さん 「“音で遊ぶ人”といえば僕のことでしょう。どのような楽器の演奏でも、楽しむことだけは忘れません」

10913views

音楽ライターの眼

連載16[多様性とジャズ]人種統合施策の歴史的事件をテーマにした『フォーバス知事の寓話』

1069views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8320views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

46028views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7419views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14240views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8034views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2711views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

21754views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

4753views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

7890views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28978views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8057views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8183views

音楽ライターの眼

ギリシャ出身のハード・ブルース・ギタリスト、スタヴロス・パパドポウロスがロリー・ギャラガー・トリビュート作を発表

3943views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

1901views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1324views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

13818views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10017views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5304views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

46028views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7187views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28978views