Web音遊人(みゅーじん)

ホーカン・ハーデンベルガー

「地上で最高のトランペット奏者」と評されるその演奏に恍惚とする/ホーカン・ハーデンベルガー トランペット・リサイタル

15歳でデビュー以来、40年以上に渡ってトランペット界のトップを走り続けてきたホーカン・ハーデンベルガーの公演を聴いた。演目はすべて近現代の作品。還暦が近いにもかかわらず疲れを微塵も見せず、若々しく完璧な名演で魅了してくれた。

前半の1曲目は、オネゲル「イントラーダ」。コンクールの課題曲として書かれた難曲だが、幅広い音域&跳躍やトリプルタンギングのパッセージなどを、彼はやすやすと表現。曲名が意味する「祝祭的なファンファーレ」にふさわしい秀演だった。

続いては、エネスコ「伝説」と、フランセ「トランペットとピアノのためのソナチネ」。前者は中間部の輝かしい強音が秀逸で、後者は第1楽章やミュートを使う第2楽章の細やかなパッセージをかすれひとつなく吹き抜いていたのが圧巻だった。

ホーカン・ハーデンベルガー

その後、共演のピアニスト、イム・スヨンがソロで、プーランク「8つの夜想曲」より第1番、2番、7番を披露。韓国に生まれ、パリ音楽院で学んだ彼女は、オリヴィエ・シャルリエ(バイオリン)やエマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)ら、フランス系演奏家との共演歴が豊富で、今回のデュオもハーデンベルガーが同学院の出身者であることが縁になったのかもしれない。彼女はこの日、後半にもソロで、ドビュッシー「前奏曲集第2集」より「月の光がそそぐテラス」「オンディーヌ」を演奏。いずれも繊細なタッチとエレガントな歌い回しが巧みで、シャルリエら巨匠たちから愛される理由がよくわかるピアノだった。

後半は、武満徹「径」と、西村朗「ヘイロウス」の邦人作品からスタート。ハーデンベルガーによって初演された「径」では、ミュートつきの譜面台を置いて、強音と弱音の一人芝居のような対話を流れよく彫琢。一方、キリスト教の美術品を破壊するオスマン帝国を描いた「ヘイロウス」では、ピアノとの当意即妙な掛けあいの下、表情豊かな名演を展開。途中、トランペットが後ろを向いてピアノの響板に音をあて、オリエンタルな残響を演出したのは衝撃的だった。

ホーカン・ハーデンベルガー

この後、前述のピアノ・ソロが続き、プログラムは終盤のビッチ「ドメニコ・スカルラッティの主題による4つの変奏曲」と、アーバン『ベッリーニの歌劇「ノルマ」の主題による変奏曲』へ。曲名の通り、前者はバロックの鍵盤ソナタが、後者はロマン派のオペラ・アリアが各々原曲で、それまでの現代曲と曲調の異なる作品が並べられた。ここでは、もともとバロックや古典のスペシャリストとして出発したハーデンベルガーらしい、優美で、大らかで、輝かしい、まるでテノール歌手のような妙技を堪能した。

“現代音楽=難解”のイメージを払拭し、途中に日本の作品も紹介し、最後は音楽の美しさやすばらしさを理屈抜きで伝える。会場で偶然居合わせた、長年彼の大ファンだという某レコード会社スタッフの「ずっと聴きたかった夢の公演が実現しました」という言葉にしみじみと納得し、恍惚として家路についた。

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

 

特集

今月の音遊人:馬場智章さん

今月の音遊人

今月の音遊人:馬場智章さん 「どういう状況でも常に『音遊人』でありたいと思っています」

2668views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

ジャズにビートルズを溶かし込んだギターとストリングスの魔術~『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』解説

3827views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

3374views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

23109views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

9891views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

5841views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11192views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10455views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21945views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

910views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5317views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9632views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19100views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13475views

音楽ライターの眼

ホワイトスネイクが新編成ベスト三部作の完結編『ザ・ブルース・アルバム』を発表

2865views

オトノ仕事人

コンサートの音の責任者/サウンドデザイナーの仕事

11743views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

7960views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11224views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

13688views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6570views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

96896views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

2875views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9632views