今月の音遊人
今月の音遊人:三浦文彰さん「音を自由に表現できてこそ音楽になる。自分もそうでありたいですね」
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音楽を言葉で表現するのは至難の業である。すばらしい演奏を聴いたとき、その思いは胸の奥の感動の泉を満杯にし、その泉は長い間枯れることなく、ずっと新鮮で清涼な水をたたえている。
この心からの感動を活字にし、読者に伝え、自身の深い思いを発信していくのは、本当に難しい仕事である。
それを30年の長きに渡り、エッセイという形で書き続けてきた人がいる。毎日新聞学芸部特別編集委員であり、桐朋学園大学学長という要職にも就いている梅津時比古さんだ。彼はさまざまなクラシック音楽を長年聴き続け、1987年から毎日新聞紙上に連載を始めた。
当初は小さなコラムだったが、詩情あふれる美しく知的で視野の広い文章が人気を博し、やがて連載エッセイに発展していく。それは何度も単行本となって世に送り出され、さらなる読者をつかんでいくことに……。
そして2017年5月、8冊目の単行本が誕生した。タイトルは初めて新聞の連載タイトルである「音のかなたへ」が用いられ、梅津さんが敬愛する野又穫画伯の《風見の地15》(1997―東京オペラシティアートギャラリー蔵)が表紙を飾ることになった。
「最初は、こんなに長く連載が続くとは思いませんでした。私は楽器や作品や演奏家など、特にジャンルを問わず、さまざまな音楽を聴きます。コンサートにいくときは、今日は何かを与えてくれそうだなと思ったり、期待を抱いたりしますが、必ずしもそうでないときもある。そういうときは、無理して原稿を書こうと思っても書けないですね。いい音楽に巡り会えたら、音楽が書かせてくれるのです。自然に言葉があふれ出てくる。そういう瞬間に何度も巡り会ってきました」
「音のかなたへ」というタイトルは、梅津さんが考案したもの。ここ数年間、新聞のエッセイのタイトルとなっている。
「音楽そのものを示すというよりも、そこから広がる世界を意味しています。音楽が空間に広がっていくような、そんな思いを込めて命名しました」
本には、梅津さんの幼いころの話から文学、美術に関することまで、多岐に渡る話題が登場する。2部構成で、後半はコンサートを通して自身が感じたことを率直に綴っている。ここには、「いい音楽が書かせてくれる」という珠玉のエッセイが連なる。
梅津さんはこれまで多くの著書を編み出しているが、シューベルトの研究もライフワークのひとつで、「冬の旅 24の象徴の森へ」と題した論理的な書籍も出版している。今後もシューベルトの研究は続けたいと語る。
「シューベルトの音楽は、年齢を重ねないと奥深いところまで理解できない面があり、文を書く場合も余分なものをそぎ落とさないとうまく表現できません。私も、若いころに書いた自分の文章を読むと、ああ、ここはもう少しそぎ落としたいなあ、と感じるようになりました。これからは、よりシューベルトの真意に近づけるよう、余分なものをそぎ落とし、簡潔な文章を書いていきたいですね」
梅津さんの語りは自然体でおだやか。「音のかなたへ」も、自然に読者を音楽の世界へといざなってくれる。そこには、特有の「梅津ワールド」が広がっている。読み終わると「人生が豊かになる」、そんな感覚を抱く1冊である。
伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
文/ 伊熊よし子
tagged: ブックレビュー, 音楽ライターの眼, 音のかなたへ
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