Web音遊人(みゅーじん)

4Kで美しくよみがえる!パリの下町を歌と共に描く、巨匠・ルネ・クレール監督のヴィンテージ・シネマ『巴里祭』『リラの門』

フランスの首都パリは観光名所であり、ときには政治的なニュースも伝わってくる都市であり、Web音遊人の読者にとっては多彩な音楽にあふれる街として親しまれていることだろう。他方、パリの街は多くの映画でも舞台となり、私たちを魅了してきた。『巴里の屋根の下』『自由を我等に』『夜ごとの美女』ほか多くの名作を残した映画監督、ルネ・クレールもまたパリの街や人々を愛し、作品の中でその姿を描いてきた一人だ。彼の代表作として伝えられる2本の作品、『巴里祭』と『リラの門』の4Kデジタル・リマスター版が、生誕120周年を記念して東京の恵比寿ガーデンシネマほかで上映される。

両作品とも舞台はパリの街だが(いや「巴里」と表記したほうが往年の雰囲気をかもし出していいだろうか)、クレールが描くパリには威厳のある凱旋門も、ファッショナブルなシャンゼリゼ通りも、おしゃれなアコーディオンの調べも出てこない。登場するのはパリの愛すべき下町であり、そこに暮らすノンシャラン(のんきでちょっと無頓着)で愛嬌があり、憎めない人たちの姿である。シチュエーションや物語はまるで違うが、どこか“寅さん的”な世界観とそこで生まれる笑いのセンスが漂ってきそうな……。両作品とも物語の中心となる主役級の登場人物だけではなく、その周囲でわいわいとやっているだけのキャラクターたち(街の人々)がいるおかげでシリアスにならず、街を挙げてのコミカルな群像劇を楽しませてもらっている感じさえするのだ。

1932年制作の『巴里祭』は、花売り娘と若いタクシードライバーの恋物語を軸に話が進む中、元カノの登場あり、犯罪ありとバラエティに富んだストーリー。タイトルバックに流れるシャンソン・ナンバー『巴里祭(巴里恋しや)』は世界的に大ヒットしたが、「パリの街では日が昇れば恋の花が咲く」という一節ほか恋する心の純粋さやはかなさを淡々と描く歌詞は、まさにこの映画のテーマ曲にふさわしい。またダンスホール(カフェ)が映画の中で重要な一場面を担っているせいか、1950〜60年代のフレンチジャズに通じるダンス音楽がさまざまな場面でBGMに使われる。その愉快なノリはパリで生きた作曲家たち、とりわけ“下町の音楽家”エリック・サティや(下町とは縁遠い裕福な家庭に生まれ育ったものの)フランシス・プーランクの音楽と通じるものがあるだろう。そういえばクレールは、サティが音楽を担当した映画『幕間』も撮っていたのだった。

一方、1957年制作の『リラの門』は、やはりパリの下町を舞台に、そこで暮らす人々と思わぬ形で乱入してきた殺人犯が巻き起こす物語だ。“飲んべえでろくでなし”という呼び方が似合う主人公のジュジュと「芸術家」と呼ばれる男が、家に逃げ込んできた男(殺人犯)をかくまうものの、そのわがままぶりに手を焼きつつ彼を逃がそうとし、周囲の人々をだましながらもあたふたする様子を描く。「芸術家」を演じるのはフランス・シャンソン界のスター・シンガーだったジョルジュ・ブラッサンス。彼がギターを手に歌う主題歌『わが心の森に』や『ワイン』などは劇中歌の範疇を越え、歌詞(字幕)を読んでいると登場人物の生き様を歌っているような気さえしてくるのが面白い。それこそがまさに人生を歌うシャンソンの真髄でもあろうか。

こうした往年の名画は何度もリバイバル上映される中でフィルムも画質も劣化してきたため、再び映像に潤いや命を吹き込むべくデジタル・リマスタリング処理が施される。モノクロのヴィンテージ・シネマは画面全体が明るくなるだけではなく、そのせいで光と影のコントラストが鮮明になることも大きなメリットだろう。その効果は、黒澤明や小津安二郎作品など日本映画でも顕著に現れている。

懐かしい作品に再会してノスタルジックな気分になる方、往年のフランス文化・パリ文化に憧れている方、シャンソンを含めたフランス音楽の重要な一面に接したい方など、この2作品に惹かれる皆様はぜひ劇場へ足をお運びいただけますよう。特にこうしたモノクロ作品の場合、暗い映画館の中で観てこそ得られる不思議な感触や別世界感が、強く印象に残るものだ。ちょっと荒々しくさえ感じる音質(音楽や劇中の生活音など)とそこに感じるノスタルジーも、ヴィンテージ・シネマならではのものだろう。

■作品紹介

『巴里祭 4Kデジタル・リマスター版』
監督・脚本:ルネ・クレール
出演:ピエール・ブラッスール、ジョルジュ・リゴー、アナベラ、レーモン・コルディ、ポール・オリヴィエ
音楽:モーリス・ジョベール

『リラの門 4Kデジタル・リマスター版』
監督・脚本:ルネ・クレール
出演:ピエール・ブラッスール、ジョルジュ・ブラッサンス、アンリ・ヴィダル、ダニー・カレル
音楽:ジャック・メテアン、ジョルジュ・ブラッサンス

2019年6月22日(土)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
※2作品同時期公開
配給:セテラ・インターナショナル
オフィシャルサイトはこちら

特集

三浦文彰

今月の音遊人

今月の音遊人:三浦文彰さん「音を自由に表現できてこそ音楽になる。自分もそうでありたいですね」

3004views

音楽ライターの眼

「ショパン国際ピアノコンクールの父」と称される創設者、イェジ・ジュラブレフ

2092views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

9737views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

25505views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17118views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

11657views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12349views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5351views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14709views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

4986views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6712views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29679views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7673views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11226views

ピョートル・アンデルシェフスキ

音楽ライターの眼

世界的ピアニストの奥深く妙なる響きに包まれて/ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

5064views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

6591views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8136views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

ピアノのエレガントなフォルムを大切にしたデザイン

6669views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

17717views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

8164views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

285191views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8594views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29679views