Web音遊人(みゅーじん)

管楽器設計者がつづる「楽器学」が演奏への意識を高めてくれる一冊

「楽器って設計するものなのですか?」
これは、かつて管楽器の設計に携わっていた著者が、名刺交換をするたびに相手からしばしばかけられた言葉だった ──。そこには「昔から決まった形のものを作るのに、いまさら設計が必要なのか?」という疑問が見え隠れしていたという。そんな疑問に答えをだしてくれるのが、『こうして管楽器はつくられる ~設計者が語る「楽器学のすすめ」~』だ。

著者の竹内明彦は、1970年に日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)に入社し、一貫して管楽器の設計・開発に携わった技術者だ。楽器製造技術の伝承に危機感を抱いていたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団からの委託を受け、ウィンナホルンやウィンナオーボエなどの復元・開発にも尽力した。
管楽器設計の豊かな経験をもとに、管楽器専門月刊誌『パイパーズ』 に「管楽器が鳴っているとき楽器の中では何が起こっているか」「楽器学のすすめ」などのコラムを連載していたが、2014年に急逝。改めてその連載をまとめ、カジュアル管楽器「VenovaTM」(2017年発売)の開発物語を加筆し構成されたのが本書だ。

「管楽器は現在も少しずつ形を変え、進化し続けている」と著者は言う。ホールが広くなって大音量化し、演奏技術も高速化した19世紀には、管楽器も大きく改革された。その流れは現在も続いており、管楽器にとって設計はなくてはならないものになっていったのだという。私たちが普段知ることのできない管楽器設計についての考え方やその特殊な製造工程、ロータリーバルブやピストンバルブの特徴などを深く知ることができる本書は、管楽器奏者はもちろん、指導者や管楽器に興味のある音楽ファンにもお勧めの希少な書と言えるだろう。

管楽器設計を掘り下げるには、「音とは何か」「音によって生みだされる空気が作る波とは何か」を科学的に知る必要がある。それをわかりやすく説明するユニークな事例も紹介されている。そのひとつが、「寒冷地でクラリネットを演奏するとき、楽器への雪の付着を防ぐために、楽器と両手をビニールカバーですっぽり覆っているが、はたして演奏音はちゃんと聴こえるのか」というもの(第2章「波の正体 その1」)。結果はぜひ本書で確認してほしいが、こうした読者のイメージしやすい事例によって、管楽器の構造と音との関係を解き明かしていく過程がとても面白い。

また第5章「管楽器の発音2 金管楽器の発音に影響するもの」では、トランペット奏者にとって「第8倍音のC」(3オクターブ上のC音)がなぜ外れやすいのか、金管楽器のへこみがどのように鳴りのバランスに影響を与えるのか、演奏後の水抜きや定期的なメンテナンスが必要な理由、といった具体例にも言及。管楽器の仕様を知ることは、実は演奏面でも大いに役に立つのだということを実感する。ほかにも、タンポの開きの調整と音の関係、木管楽器が組み立て式である理由など、木管楽器の発音についても詳しく解説されている。

さらには、楽器の伝統は「それぞれの地域で入手できる材料、伝えられてきた技法や音楽スタイルが有機的に組み合わさって、地域ごとのカラーが生まれたのだろう」と述べ、管楽器の伝統にも踏み込む。フランスの伝統的なトランペットやドイツ式ロータリートランペットなどの貴重な写真からも、楽器製作の伝統を感じとることができる。
世界のオーケストラやブラスバンドが、それぞれの土地の個性を強烈にもっていた頃の演奏を懐かしむ「コメント」(随所に挿入されている)からは、設計者であると同時に一人の音楽ファンとしても楽器の変遷を見つめていた姿が伝わってくる。

楽器の構造や設計の知識を得ることは、演奏のイメージをつくるうえで必ず助けになるはず。そんな思いを強く抱かせてくれる、楽器設計者による「楽器学」。管楽器の歴史と奥深さを読み解くことで、楽器への愛着や演奏への意識を高めてくれる1冊だ。

■作品紹介

『こうして管楽器はつくられる ~設計者が語る「楽器学のすすめ」~』
著者:竹内 明彦
発売元:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
発売日:2019年7月22日
価格:2,000円(税抜)

詳細はこちら

■プレゼント

『こうして管楽器はつくられる ~設計者が語る「楽器学のすすめ」~』を抽選で3名様にプレゼントします。 下記「応募はこちら」ボタンからご応募ください。
応募締切:2019年9月24日(火)23:59
当選発表:本の発送をもって代えさせていただきます。

応募は終了しました

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:佐渡裕さん「音楽は、“不要不急”ではない。人と人とがつながり、ともに生きる喜びを感じるためにある」

7301views

音楽ライターの眼

連載9[多様性とジャズ]ドイツ訛りが解き明かす“アメリカという多様性”とジャズ

1433views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

25761views

楽器のあれこれQ&A

モチベーションがアップ!ピアノを楽しく効率的に練習するコツ

41272views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8311views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

6851views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14096views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5387views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22415views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10634views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5609views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25171views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15388views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14784views

音楽ライターの眼

連載27[ジャズ事始め]アメリカへ渡った渡辺貞夫をトリコにした甘口&ポピュラー路線のジャズ

2730views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

1659views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8020views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11602views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13359views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8492views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

2842views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5387views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29944views