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『スター・トレック』のカーク船長がブルース・アルバムを発表!?ウィリアム・シャトナー『The Blues』

ウィリアム・シャトナーがニュー・アルバム『The Blues』を2020年10月、海外で発表する。

TVシリーズ『スター・トレック/宇宙大作戦』のカーク船長がブルースのアルバム!?と驚く人もいるだろう。そう、まさにウィリアム・シャトナーその人である。アルバム・ジャケットではテンガロンハットを被った彼がアコースティック・ギターを背負っている。

収録されているのはブルースあるいはブルース・ロックのクラシックスだ。ロバート・ジョンソンの「スウィート・ホーム・シカゴ」、アルバート・キングの「悪い星の下に」、B.B.キングの「ザ・スリル・イズ・ゴーン」、マディ・ウォーターズの「マニッシュ・ボーイ」、クリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」などを歌っている。

いや、“歌っている”というのは正確な表現ではないだろう。彼のヴォーカルは歌詞を“語る”のに近いものだ。彼は筆者(山﨑)とのインタビューでこう語っている。

「クリスマス・アルバム『Shatner Claus』が好セールスを記録したことで、レコード会社からブルース・アルバムを作らないかというオファーがあった。カナダのモントリオールで生まれ育った白人の小僧だった私はブルースを全然知らないし、どうアプローチしていいのか判らなかった。そんなとき気付いたんだ。音楽と歌詞に導かれて、心のままに表現すればいいんだってね」
「『アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー』(オーティス・ラッシュの曲)の歌詞には「when you hear me moaning and groaning(唸り、呻くのをお前が聞くとき)」という一節があった。カーク・フレッチャーのギターが私と共に唸って、呻いてくれたんだ」

実はシャトナーの歌手キャリアは長く、1968年にデビュー・アルバム『The Transformed Man』を発表している。この作品で、メロディを歌うのでなく、大仰な抑揚をつけて“語る”、ある意味スポークン・ワードに近いヴォーカル・スタイルは確立されており、『スター・トレック/宇宙大作戦』のファンや音楽ファンのみならず、“変なモノ”好きのストレンジ/モンド・ミュージック・ファンからも注目を集めてきた。

現在のシャトナーの芸風が開花したのが、2011年の『Seeking Major Tom』だ。エレクトロニック/インダストリアル・ミュージックや奇抜なラインアップによるトリビュート・アルバムで知られる“クレオパトラ・レコーズ”からのリリースとなった同作では、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」をジョン・ウェットンと、ディープ・パープルの「スペース・トラッキン」をジョニー・ウィンターと、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」をリッチー・ブラックモアと、ザ・ティー・パーティーの「エンプティ・グラス」をマイケル・シェンカーとレコーディング。無闇に豪華なゲスト・パフォーマー陣が色を添えている。

続く『Ponder The Mystery』(2013)ではスティーヴ・ヴァイやアル・ディ・メオラ、クリスマス・アルバム『Shatner Claus』(2018)ではイギー・ポップやヘンリー・ロリンズとの夢の(?)共演も実現。そんな一連の作品の成功を踏まえて今回リリースされたのが『The Blues』なのである。

過去作と同様、本作も豪華なゲスト・ギタリスト陣が参加している。サニー・ランドレスやスティーヴ・クロッパー、アルバート・リー、ハーヴェイ・マンデル、パット・トラヴァース、ジェフ“スカンク”バクスター、カーク・フレッチャー、ロニー・アールなどの実力者たちが集結。それぞれの見事なプレイを聴かせている。

ただ、だからといって自らのスタイルを崩すことがないのがシャトナーだ。本作でも大仰な“語り”を貫いており、メロディに走ったりはしていない。

1931年に生まれ、本作のリリースの時点で89歳というシャトナーゆえ、そんなゲスト陣、そしてアルバムの曲の大半は知らなかったという。B.B.キングの「ザ・スリル・イズ・ゴーン」ではリッチー・ブラックモアとの再合体が実現しているが、「リッチーは素晴らしいギタリストだね。『スモーク・オン・ザ・ウォーター』?その曲は知らないなあ」と語っている。

だが、彼にとって本作は単なる余技ではなく、レコーディングを前にしてアーサー・アダムスを自分のオフィスに招き、20世紀初めのアメリカ黒人ブルースマンが綿花を摘みながら歌うのを再現してもらうなど、あくまで本気でアプローチ。ディープなヴォイスを聴かせてくれる(アダムスは本作でアルバート・キングの「アズ・ザ・イヤーズ・ゴー・パッシング・バイ」に参加)。

なお、シャトナーがこれまで日本を訪れたのは一度のみ。2015年にアメリカのTV番組『Better Late Than Never』のロケで来日している。ぜひ彼がブルースを“語りまくる”ライヴを日本で行って欲しいものだが、新型コロナウイルスの流行、彼自身の高齢、そもそもライヴ活動をほとんどやっていないことから、実現は難しいかも知れない。

ただ、エンタープライズ号の船長として宇宙を股にかけて旅してきた彼のこと。いつかまたきっと、日本に戻ってきてくれるだろう。

■インフォメーション

ウィリアム・シャトナー『The Blues』

発売元:アメリカ・Cleopatra Records
発売日:2020年10月
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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