今月の音遊人
今月の音遊人:八代亜紀さん「人間だって動物だって、音楽がないと生きていけないと思います」
10439views
ブルースの名門レーベル“アリゲイター・レコーズ”が2021年、創立50周年を迎える。
1971年、“デルマーク・レコーズ”で働いていたブルース・イグロアがハウンド・ドッグ・テイラーに魅せられ、彼のレコードを出すために独立、設立したのが“アリゲイター”だ。
シカゴに本拠地を置き、アルバム『ハウンド・ドッグ・テイラー&ザ・ハウスロッカーズ』(1971)を第1弾リリースとして発表。それからアルバート・コリンズ、ジョニー・ウィンター、ココ・テイラー、フェントン・ロビンソン、エルヴィン・ビショップ、ルーサー・アリスン、ロイ・ブキャナン、クラレンス“ゲイトマウス”ブラウン、ケイティ・ウェブスターなどを擁するブルース系レーベルとして人気を博してきた。
“アリゲイター”の歩んできた道程は、決して平坦なものではなかった。レーベルの軌跡はイグロアが著した本『Bitten By The Blues: The Alligator Records Story』で詳しく語られているが、始動した1970年代、ブルースの人気は下火で、大物ブルースメンもレコード契約を打ち切られるなど、苦戦を強いられていた。“アリゲイター”も当初は趣味色の濃いレーベルで、収益はほとんど出ていなかったという。ハウンド・ドッグのセカンド・アルバム『ナチュラル・ブギ』(1974)はオイル・ショックのためレコード盤の原材料となるポリ塩化ビニールを調達することが困難となり、しかも初回盤にはプレスミスがあって、レーベルの存続が危機に瀕したこともあった。
だが、ある意味彼らに幸いしたのは、“ブルース冬の時代”ゆえに、大物を獲得出来たことだった。アルバート・コリンズは1950年代から1960年代にかけて地元テキサスを中心に人気を誇ってきたが、1970年代前半には契約を失い、バック・バンドもいない状況だった。“アリゲイター”はそんな彼と契約、アルバム『アイス・ピッキン』(1978)はコリンズの大復活作となり、レーベルの名前を世界のブルース界に轟かすことになった。
なお『アイス・ピッキン』のレコーディング・セッションに際して、コリンズは「アルバム1枚分の新曲を書いておく!」と宣言したが、2曲しか書いておらず、急遽カヴァー中心の構成となった。それでこの名盤が生まれたのだから、“アリゲイター”がブルースの女神から祝福されていたのは間違いない。
もちろん、彼らの成功は単にラッキーだったわけではない。イグロアは常にブルースの新しい可能性を掘り下げる冒険心を持っていた。レーベル設立時にはハウンド・ドッグやフェントン・ロビンソン、ビッグ・ウォルター・ホートンなど、楽器を持って歌うブルースメンの作品を発表していたが、間もなく“ヴォーカル専任”のココ・テイラーと契約。続いて“シカゴ出身でない”アーティストとしてアルバート・コリンズを迎え入れている。さらにイグロアは“元メジャー”だったジョニー・ウィンターを獲得した。1969年に“100万ドルのブルース・ギタリスト”と鳴り物入りで“コロムビア”からメジャー・デビューしたウィンターだが、1984年から1986年のあいだに3枚のアルバムを“アリゲイター”から発表している。この3作の成功により、ロイ・ブキャナンやロニー・マックなど、ブルース・ロック色の濃いミュージシャンも“アリゲイター”入りを果たすことになった。
50周年を記念して、海外ではCD3枚組コンピレーション・アルバム『Alligator Records: 50 Years Of Genuine Houserockin’ Music』が発売されたが、レーベルの過去と現在、そして未来を全58曲で一望することが出来る。
1947年に生まれ、2021年7月に74歳を迎えるイグロアだが、「50周年はひとつの節目に過ぎない。100周年までずっと“アリゲイター”のCEOを続けるつもりだよ(笑)」と宣言する。
「12小節やスリー・コードのブルースも好きだけど、自分だけの表現を持っているミュージシャンを求めているんだ。私は1960年代のフォーク・ムーヴメントからブルースに入っていった。だから現代の社会問題に積極的に取り組んでいくことを奨励している。懐古趣味でなく、ブルースを新しい時代に持っていって欲しいね」
現在の“アリゲイター”の布陣を見れば、彼の言っていることが判るだろう。セルウィン・バーチウッドやシェメキア・コープランド、またイグロアが「50歳を超えても新鮮な視点を持っている」と紹介するトロンゾ・キャノン。さらに2021年7月にセカンド・アルバム『662』を発表するクリストーン“キングフィッシュ”イングラムは1999年生まれの22歳。ブルースの聖地といわれるミシシッピ州クラークスデイルで生まれ育った彼はブルースの次世代を担う存在と目されている。
「“アリゲイター”と契約するミュージシャンにはいつも『私を驚かせてくれ』と言っているんだ」とイグロアは語る。そして我々ブルース・ファンもまた、“アリゲイター”のアルバムに驚かされっぱなしである。
アルバム『Alligator Records: 50 Years Of Genuine Houserockin’ Music』
発売元:Alligator Records
発売日:2021年6月18日
オフィシャルサイト
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログ/インタビューリスト