Web音遊人(みゅーじん)

武満作品と「今」の視点で向き合い再録音。アルバム『ギターは謳う』を50歳の節目にリリース/鈴木大介インタビュー

クラシックギターとともに音楽という広い海を自由に泳ぐ鈴木大介。50歳の節目にリリースしたニューアルバム『ギターは謳う』は、武満徹の『ギターのための12の歌』を中心としたポピュラー名曲集である。2021年に没後25年を迎えた武満、その作品たちと長年にわたり向き合ってきた鈴木の研鑽の結晶ともいえるアルバムについて話を聞いた。

デビューのきっかけとなった大切な作品

アイルランド民謡の『ロンドンデリーの歌』からガーシュウィンの『サマータイム』、ビートルズのナンバーまで、誰もが耳にしたことのある歌を武満が編曲した『ギターのための12の歌』は、鈴木にとってデビューのきっかけとなった大切な作品。今回が3回目の全曲録音になる。

「1995年、ザルツブルク留学中に『ギターのための12の歌』から4曲を自主録音しました。アドリブを入れたりカットしたり、好き勝手に弾いた演奏だったのですが、そのデモテープを武満さんが耳にして、“この人に自分の作品を録音してほしい”と推薦してくださったのです。というのも当時、この曲集の楽譜は絶版状態でした。作曲されたのは77年ですが、武満さんならではの芸術的なこだわりのある編曲だったせいか、クラシックの人もジャズの人もあまり弾いていなかったと思います。90年代に入ってようやく海外で演奏されるようになり、あらためて楽譜を出版しようとなったときに録音の話も持ち上がり、そこへタイミングよく僕がデモテープを持って帰国、96年の最初の全曲録音へとつながりました」

たしかに『ギターのための12の歌』には、さらりと甘やかな音楽のそこかしこに武満らしい美感が散りばめられている。前衛的な作品で世界的に高く評価される一方で、映画やテレビドラマのためのコマーシャルな音楽を数多く残した武満の両面が、この曲集からは感じられる。

「武満さんは戦後の米軍キャンプでアルバイトをしていたときからジャズピアノを弾き、作曲をはじめる前から美術や文芸も含むアバンギャルドな芸術家のコミュニティに身を置いていました。そして57年に初演された『弦楽のためのレクイエム』がストラヴィンスキーに評価され、前衛作曲家として活躍しつつ、映画音楽を書いていたのが60~70年代。それが80年代に入る前後から耳なじみのいい、美しい音楽を書くようになります。クラシックギターのための音楽は、ちょうどその時代の終わり頃から書きはじめられたので、前衛とポピュラーの要素がうまくミックスされた中間にあるのでしょうね」

日々変わっていかないと、後退していくだけ

そのうえで、武満の作品全集を今あらためて聴くと、昔とは印象が違って聞こえることに驚くと鈴木は語る。

「20世紀の現代音楽界において、武満さんのコマーシャルな仕事は必ずしも高く評価されているとは言えませんでした。けれど20世紀が終わって20年を経た現在の視点から武満さんの仕事全体を俯瞰してみると、光の当たり方が変わってきたことに気づきます。“現代の音楽”というものを考えたとき、そこにジャズの要素やポピュラーの旋律が内包されていても、それはごく自然な流れだと今だったら思える。そういう意味において、武満作品の再評価はこれからますます進んでいくのではないでしょうか」

そういった鈴木の武満観が、今回の録音には十二分に反映されている。

「2021年2月に『武満徹:映画とテレビ・ドラマのための音楽』というギター編曲作品集の楽譜を出版したこともあり、この20年あまりの間の活動が集約されたように感じています。武満さんの映画音楽を、ギターを含む室内楽に編曲したり、自分で曲を書いたり、ジャズのライブハウスで即興的な演奏をしたり……バラバラだった経験が自分のなかでひとつの形を成してきたというか。そのうえでこのアルバムを録音できたので、いろいろなものが詰まっているのだと思います」

アルバムには『ギターのための12の歌』のほかにもジャズ・スタンダードやシャンソン、ピアソラ・ナンバーなどが収録されており、その多くを鈴木が編曲している。

「自分が編曲した曲は、『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』以外は新たにアレンジしたものばかりです。当初は以前に編曲したものをブラッシュアップして録音しようと思っていたのですが、いざはじめてみたらアレンジのスキルが2年前ぐらいとは全然違う感じになっていて。ハーモニーに対する知識や、アドリブのフレーズに対する理解度がすっかり変わってしまったんですよね」

これだけの経験とキャリアを積みながら、まだ日々進化しているとはすごい。

「変化って徐々に訪れるのではなく、少しずつ積み上げていくと、あるとき急にポンッて変わるみたいです。いつも聴いてくれているお客さんにも“だいぶ違うキャラになったね”と言われることもあります。やっぱりミュージシャンは変わっていかないと、後退していくだけだと思うんです。演奏のスキルにしても、筋肉の状態が日々変化していくなかで技術を維持できているということは、違うことをやり続けられるということ。同じことしかやっていなかったら筋肉は退化していくので。常に変化していきたいです」

■インフォメーション

アルバム『ギターは謳う』

発売元:アールアンフィニ
発売日:2021年9月22日
価格:3,300円(税込)
詳細はこちら

オフィシャルFacebook YouTube公式チャンネル オフィシャルTwitter

facebook

twitter

特集

Web音遊人 - 牛田智大さん

今月の音遊人

今月の音遊人:牛田智大さん「ピアノの練習をしなさい、と言われたことは一度もないんです」

65334views

【ライヴ・レビュー】ブライアン・セッツァー・オーケストラ/2018年1月31日・東京ドームシティホール

音楽ライターの眼

【ライヴ・レビュー】ブライアン・セッツァー・オーケストラ/2018年1月31日・東京ドームシティホール

7451views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

7846views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

47168views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11040views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

11822views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

7000views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9526views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14130views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3469views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8363views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25586views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7877views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20064views

映画『リバイバル69 ~伝説のロックフェス~』

音楽ライターの眼

映画『リバイバル69 ~伝説のロックフェス~』公開。ロックは何度でもリバイバルする

1635views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

15475views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5102views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

7423views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19542views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8592views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

5182views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6222views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30788views