今月の音遊人
今月の音遊人:櫻井哲夫さん「聴いてくれる人が楽しんでくれると、自分たちの楽しさも倍増しますね」
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相棒のエレクトリックバイオリンと鍛えた肉体とともに、ボーダーレスで楽しめるステージを/式町水晶インタビュー
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2021.11.22
tagged: バイオリン, インタビュー, エレクトリックバイオリン, 式町水晶
4~6弦で変幻自在に音を奏で、ジャンルを超えた幅広いレパートリーで聴き手を魅了するポップバイオリニスト、式町水晶(しきまちみずき)。とりわけ、エレクトリックバイオリンによるエフェクターを駆使した独自のサウンドには定評があり、ステージに立てば、アグレッシブなパフォーマンスと軽快なトークで会場中を虜にする。
今、勢いのあるアーティストとして注目を集める彼は、“奇跡のバイオリニスト”とも称される。脳性麻痺という障がいを抱えているからだ。しかし、その生い立ちを知らなければ、そうと気づく人は少ないだろう。
3歳で脳性麻痺(小脳低形成)と診断された。その影響で震えや麻痺の症状が出たり、各部位の筋肉のコントロールがうまくできなかったりした。“母親の直感”で、リハビリの一環としてバイオリン教室に通い始めたのは4歳のときだった。
「最初からすぐに音が出たんです。自分の体とフィットしていると思いました。楽器ではあるけれど、歌と似ている感じ。不思議な音楽の魅力にハマっていったのを覚えています」
そして、5歳のとき車椅子で行った葉加瀬太郎のコンサートで、プロになりたい!という思いに火がついた。何がなんでも、バイオリンを極めたい。
しかし、手に麻痺があるのにプロを目指すなんて無謀。そう考える人がほとんどで、教えてくれる先生がなかなか見つからない。そんななか受け入れてくれたのが、世界的バイオリストである中澤きみ子だった。彼女からは、徹底的に基礎を学んだ。さらに、10歳になると大きな転機が訪れる。ジャンル超越型の“バイオリンの魔術師”と称される中西俊博の生演奏を聴いて、言葉を失うほどの衝撃を受けた。それは、理想とする音に出合った瞬間。そして自ら手紙を書いて中西に師事、ポップスバイオリンに傾倒する。
「プロになれるかなれないかではなく、バイオリンを一生懸命やることで人生のプラスになれば……。きみ子先生も中西先生も、そうおっしゃってくださって。まさに慈愛ですよね」
式町が奏でる音が深い情感にあふれ、聴き手の心を打つのは、受けた慈愛をそのまま宿し、伝えているからかもしれない。
式町にとって中西は、今も憧れであり、理想像だ。
「でも中西先生は、『やっぱりみっくん(式町)にしかないオリジナリティを持ってほしい。それが一番の願いだし、そういう意味では俺を超えてほしい』とおっしゃって。先生のようになりたいという気持ちはもちろんありますが、最近、僕個人の方向性も定まってきました」
それは、これまで通り、いやそれ以上に音を追求しつつも、さらに“見せる”パフォーマンスを展開していくことだ。
「耳が不自由な方にも、コンサートに来ていただきたいんです。そのために、僕のコンサートではダンサーの方と競演させていただき視覚的にも楽しめるよう体の動きを取り入れたりもしています。障がいを持っていても持っていなくても楽しめるコンサートを突き詰めていったら、いつか式町水晶のオリジナリティになるのではないかと思ったりします」
実は、式町の趣味はボクシング。もともと超がつく負けず嫌いで、バイオリンはもとより何をするにも命がけで臨んできた。
体を鍛えることで、高校生からは車椅子生活から離れることができた彼だが、さらにボクシングと出合い一気にのめり込んだという。脳に障がいがある者はプロテストを受けることができないと知るまでは、挑戦する気満々だったほどだ。
「以前は3曲ぐらい全力で弾くと疲れてしまっていたのですが、ボクシングで何ラウンドもやっていくうちにコンサートで全然バテなくなりました。さらに、もともとビビリであがり症だったのが、リング上で打たれる恐怖に比べたら大したことないと思えるようになりましたね」
その動きは、コンサートにも活かされている。
「大きなコンサートホールで移動するときには、ボクシングのサイドステップが役に立ちます。後方にドラムさんがいるときは、バックステップです。さらに、後ろのドラムさんがせっかくかっこよく叩いているのに、僕がいたら邪魔。そういうときはダッキングのように低くかがむ(笑)。これが、今の自分のオリジナリティ。ボクシングとの出合いで、オリジナリティのひとつが手に入ったんです」
電気バイオリンを使い始めたのは中西の影響が大きい。
「音色の幅広さでは最強ですね。寒暖差や過酷な環境に強いのも決め手ですね。さらに、音響さんがいない場合でも、すぐにその場の環境に溶け込める万能さは電気バイオリンならではですね」
とはいえ、脳性麻痺を抱える式町を悩ませ続けていたのは、その重さだった。
そんなある日、中西が「これ、すごくいいよ」と見せてくれたのが、発売されたばかりのヤマハのエレクトリックバイオリンYEVだった。
式町は、翌年のメジャーデビューを控え、記念と自分へのご褒美として楽器チェンジを考えていた。
「YEVが気になって、楽器店で弾いてみたんです。そうしたら、ヤバい!先生がいうのは本当だ、と(笑)。なんていい音なんだろうと思いました」
低音域から高音域まで音のバランスが均一で、かつ音が柔らかい。さらに、電池が不要。そして、その軽さは何よりも魅力だった。これなら、体を使ったパフォーマンスでも音に影響を与えない。以来、5弦のYEV105は式町の相棒となり、現在ではステージでの演奏の使用頻度はほぼ8割を占めるという。
「メビウスの輪のような立体的なデザインもカッコイイですよね。なのに、顎当てからネックにいたるまでパーツはアコースティックとほぼ同じなので、違和感がまったくないんです。お客様から、“超カッコイイですね。あの楽器って何ですか?”って言われるんですよ。僕じゃないんだって思いますけど(笑)。音もいい、デザインもいい、そして使いやすいと3拍子揃っていて、しかもコスパに優れている楽器です」
あふれんばかりのエネルギーを感じさせる式町の活動は、実に精力的だ。
14歳のときに発生した東日本大震災では、ボランティアで被災地を慰問演奏して回った。そのとき決意したチャリティーコンサートを16歳で実現し、現在も継続中。人々の心に寄り添い続ける。
さらに、いじめを受けた自らの経験を小中学校で伝える講演と公演活動、コロナ禍で頻発した犬や猫の殺処分に心を痛めたことから始めた動物愛護の支援活動……。そして、前述した聴覚障がい者も楽しめるコンサートを目下の目標として掲げる。
「体を鍛え続けてパフォーマンスに特化した舞台を提供したいです。そう考えたとき、最終的な目標はバイオリンをやりつつ、音楽監督やプロデューサーになること。その夢を叶えるための努力を常に続けていきたいと思っています。あとは、いつかボクシングのリングに舞台セットを組んで、上半身裸でバイオリンを演奏することが夢です。変態だと思われますから、一度でいいです(笑)。それには、腹筋が割れていないといけないから大変です」
バイオリンで、パフォーマンスで、まっすぐな人間性で──。人を魅了する“奇跡のバイオリニスト”。今後の活躍に期待が高まる。
文/ 福田素子
photo/ 坂本ようこ
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