Web音遊人(みゅーじん)

だんだんと熱気を帯びてドラマチックに/三浦文彰 ブラームス:バイオリン・ソナタ・リサイタル-清水和音(ピアノ)を迎えて-

俊英が居並ぶ日本の若手バイオリニストのなかでも、実力・人気ともに、ひと際輝いて異彩を放っているのが、三浦文彰だ。日本はもとより、ヨーロッパ各地でも一流指揮者やオーケストラとの共演を果たして躍進中。近年はまたピアニスト辻井伸行とのコンビで日本各地でのコンサートを行って人気が高い。その彼が、2022年8月31日、ヤマハホールでブラームスのバイオリン・ソナタ全曲によるリサイタルを行った。共演は近年とくにその音楽性が高く評価されている、日本を代表するピアニスト、清水和音。インティメイトで豊かな空間を誇るヤマハホールで、じっくりと音楽を聴かせる豊饒なときが流れた。

ブラームスはその生涯に3曲のバイオリン・ソナタを作曲している。この日は第1番から3番までの全曲演奏。最初は『雨の歌』として知られるメランコリックな曲想の第1番。3楽章に歌曲『雨の歌』のメロディが使われていることからの、命名だ。安定した清水和音のピアノが一歩前にでて奏でていく。三浦文彰のバイオリンは繊細で音色が美しい。この日は1曲目の終わりで休憩に入る。

後半の第2番、第3番と進むにつれて、バイオリンの調子が上がり、演奏も熱気を帯びてきた。艶やかな音色の輝きが際立ち、ニュアンスも豊かさを増す。ピアノも力強い。緩徐楽章の2楽章は美しい音色でよく歌い、ピアノとの息も良く合っている。3楽章は穏やかな楽想ながら、ピアノとの緊密な絡み合いが印象的だった。

そして最後の第3番はこの日の白眉だった。4つの楽章からなる、ドラマチックな曲で、バイオリンは最初から、緊迫した音楽を奏でる。ピアノにも熱が籠り、バイオリンの音色も艶やかさが増し、激しい胸の想いを吐露するような楽想が続く。2楽章は穏やかなアダージオで、美しい旋律が奏でられる。そしてメランコリックな短い4楽章を経て、最後の楽章に。プレスト・アジタートのタイトル通り、激しい曲想が始まる。三浦文彰のバイオリンはしだいに情熱的になり、音色も輝きを増していく。激しいピアノとの競演が頂点に達したところで、フィナーレに突入。ホールの熱気も急上昇したところで、曲が終了した。

盛大な拍手に応えたアンコールは2曲。三浦が「もちろん、ブラームスです」と曲を紹介。それは『スケルツォ ハ短調』だった。シューマンを師と仰いで彼のもとに出入りしていた若きブラームス。ある日、名バイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムを歓迎する曲を書くことになり、ブラームス、シューマン、アルベルト・ディートリッヒ(作曲家で指揮者)の3人が合作で『F.A.E.ソナタ』を書きあげた(1853年)。F.A.Eとはヨアヒムがモットーとしていた「自由に、しかし孤独に」の文字の頭文字をとったものとか。そのソナタの第3楽章がブラームスの『スケルツォ ハ短調』なのだ。そして曲目は、「もちろん、シューマンです」と三浦が説明。『F.A.Eソナタ』の第2楽章をシューマンが作曲したのだ。その合作はヨアヒムのバイオリン、クララ・シューマンのピアノで初演されたという。そんなエピソードのある、ちょっと渋い2曲をアンコールに選んだ三浦文彰と清水和音。プログラム全体の企画力にも、拍手!ロマンチックなブラームスの音楽に、存分に酔いしれた一夜となった。

 

石戸谷結子〔いしとや・ゆいこ〕
音楽ジャーナリスト。1946年、青森県生まれ。早稲田大学卒業。雑誌「音楽の友」の編集を経て、85年からフリーランスで活動。音楽評論の執筆や講演のほか、NHK文化センター等でオペラ講座も担当。著書に「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」「マエストロに乾杯」「オペラ入門」「ひとりでも行けるオペラ極楽ツアー」など多数。

photo/ Ayumi Kakamu

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:城田優さん「音や音楽は生活の一部。悲しいときにはマイナーコードの音楽が、楽しいときにはハッピーなビートが頭のなかに流れる」

7588views

音楽ライターの眼

連載47[ジャズ事始め]プラザ合意という国際政治経済の転換点がアジア発のジャズを生み出した!?

1451views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

9381views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

21764views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8564views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

3279views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

18291views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6261views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23462views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9820views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6267views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26120views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15649views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13188views

リトル・リチャード

音楽ライターの眼

ロックンロール創造主リトル・リチャードの音楽と人生を追うドキュメンタリー映画『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』が公開

1849views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1993views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9810views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

6794views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

8593views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5019views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

28413views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9054views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26120views