今月の音遊人
今月の音遊人:松居慶子さん「音楽は生きとし生けるものにとって栄養のようなもの」
6108views
矢野顕子と宇宙飛行士の野口聡一がコラボレーション!アルバム『君に会いたいんだ、とても』をリリース
この記事は4分で読めます
1998views
2023.3.22
2023年3月15日、矢野顕子と宇宙飛行士の野口聡一がアルバム『君に会いたいんだ、とても』をリリース。独自の音楽世界を展開するミュージシャンの矢野顕子とこれまで3回のISS(国際宇宙ステーション)滞在経験をもつ野口聡一がどんなアルバムをつくりあげたのかも非常に興味深い。なぜこの二人がアルバムをつくることになったのか、矢野顕子に話を聞いた。
矢野顕子が宇宙への興味を深めていることは、『When We’re In Space』などの宇宙をテーマにした曲からも伺える。けれど、どうしてそれほど宇宙に魅せられたのだろう。
「ニューヨーク郊外の山の中にあるわたしのスタジオでは、日が暮れると壮大な星空が見えるんです。宇宙は小さい頃から好きでしたけど目が悪くて星が見えませんでした。だけど、数年前に白内障の手術をしたらまあ見えるわ見えるわ。それで一気に宇宙への興味が深まりました」
音楽の次に多大な興味をもっているという“宇宙”が、矢野顕子の音楽に影響をあたえたのは当然の流れだが、そこで大きなきっかけとなったのは、宇宙を中心にした執筆活動を行うジャーナリストの林公代が矢野顕子と野口聡一を引き合わせたことだった。2人は2018年に初めてニューヨークで会った。
「わたしの、どんな言葉も優しく受け止めてくださったり、敬意をもって接してくださったりして。それは野口さんの大きな人間的魅力のひとつです。それと、なんかわたしたち馬が合うんですね、どんなものにどんな反応をするかとかで似ているところもあって話が尽きないんです」
ふたりは2020年にヒューストンで本格的な対談をおこない『宇宙に行くことは、地球を知ること』と言う書籍を発表する。そしてこの対談の席で、3回目の宇宙滞在を目前にしていた野口聡一に矢野顕子から「宇宙で自由に詞を書いてください。私が曲をつけます」という提案をし、それが今回の『君に会いたいんだ、とても』のきっかけになった。
もしかしたら、と思い、以前からそのプランを密かに抱えていたのかを聞いてみた。
「話をしているなかでの思いつきだったんです。野口さんはすごくびっくりされたと思います。そんな依頼を受けたこともなければ、宇宙に行った時に自分の気持ちを言葉で言いあらわす必要っていうのはそれまでは感じなかったんじゃないかな。もちろんYouTubeでいろいろ発信していらしたから、なにかを表現したい気持ちはあったかもしれませんが、自分の内面を、こう思ったんだ、こう考えたんだ、こう感じたんだ、ということを言葉に残すという機会はあまりなかったのか思います。それで、それってなんかおもしろそうだね、と言ってくださって」
こうしてプロジェクトはスタートした。途中、「書いてみたけれど、こういうのでいいかな」とISSから詩の一部が送られてきた。読んだ矢野顕子は「もちろんOKです。どんどん書いてください」と返信したという。ちなみにその詩は『育てよう』という曲になりアルバムに収められた。
ISSから無事に帰還した野口聡一からは最終的に14編の詩が送られてきた。
「ああ、本当に書いてくれたんだ、って思いました。実は、書いてくれても5~6編とか、お忙しいだろうし、忘れちゃうかもしれないしとか、あまり過大な期待をしないようにしていたんですけど、帰ってきたら14編もあって。もう瞬時に、これは全体を組曲にして、SAGA(冒険譚)にしようという構想ができたんです。野口さんは“使えるやつだけ使ってよ”みたいな感じでしたけど、わたしは“全部に曲をつけます”って。それでこういう形になりました」
本作は、全曲ピアノとボーカルだけで演奏されているが、きわめてダイナミックで強烈なインパクトにあふれている。宇宙船クルードラゴン打ち上げの臨場感が伝わる『ドラゴンはのぼる』からスタートし、ISSでの日常、緊迫感あふれる船外活動、さらには地球やそこに営みを続ける命への想いなど、まさに実際の宇宙体験をしなければ書くことができない世界だ。けれど、アルバムを聴いて強く感じるのは、まさにこれは矢野顕子の世界そのものだということ。これは、けっして単なる異色の顔合わせによる企画アルバムではない。
「野口さんは“これは野口宇宙飛行士の経験を追体験するものではない。矢野顕子の宇宙である”とおっしゃっていますが、それはまったくそうなんです。もちろん野口さんの宇宙体験が言葉になり、その言葉があったからできたことです。でも体現しているのは矢野顕子なんですね。そういう意味で、これは作詞・作曲のコラボではなくて、もつと内面的な人間的なコラボレーションだと、わたしは思います」
野口聡一の詩は歌詞として書かれたものではない自由詩だ。それを矢野顕子はピアノとボーカルだけで、繊細でスケール感あふれる高い完成度の音楽作品を構築している。本作は、そんな矢野顕子のアーティストとしての力量とともに、ピアノという楽器の表現力の素晴らしさをも強く感じられる作品になっているのだ。
「これをそのままほかの楽器を入れて、バンドという形もとれました。でも、自分で歌って弾いていれば、全部コントロールできるので、やっぱりそれがベターだったんです。ライブなら、それがより伝わるかなと思いますよ」
矢野顕子の宇宙体験を体感するライブ「矢野顕子の歌とピアノで宇宙へ行こう。『君に会いたいんだ、とても』」が2023年3月24〜25日に東京都大手町三井ホールで開催される。残念ながらチケットはすでにSOLD OUTになっているが、ライブ配信が行われることが決定している。ぜひ、この機会に音楽の宇宙体験を味わっていただきたい。
発売元:Victor/SPEEDSTAR RECORDS
発売日:2023年3月15日
価格:6,600円(税込)
詳細はこちら
大手町三井ホールのチケットは完売しましたが、ライブ配信視聴チケットは販売中です。
アーカイブ配信期間:2023年3月31日(金)23:59まで
視聴チケット価格:3,850円(税込)
詳細はこちら
矢野顕子さんオフィシャルサイト