今月の音遊人
今月の音遊人:﨑谷直人さん「突き詰めたその先にこそ“遊び”はあると思います」
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2022年は20歳の間に3つの大きな国際ピアノコンクールを経験、なかでも2022年11月にパリで開催されたロン=ティボー国際音楽コンクールピアノ部門で優勝に輝き、ますます注目度を高めた亀井聖矢。そんな彼のコンクール凱旋公演が2023年5月から12会場で開催されるのを前にインタビューを行った。
亀井自身は、「優勝は、次に進むための大切な一つのステップだと思っています」と話す。すでにその先を見据えている様子だ。
コンクールの凱旋公演として行う全国ツアーも、そんな先を見据えた楽曲が並ぶ。前半のショパン『アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ』と『幻想曲』は、2025年に開催予定のショパンコンクールへの挑戦を念頭に置いたものだ。
「ショパンの音楽にある民族的な要素、繊細なメロディーを大切に、ピアノでできる表現を最大限に生かして音楽をつくることは、これまで得意としてきたヴィルトゥオーゾ・レパートリーとは違った挑戦になります。また、同じプログラムを何度もステージで演奏する中で音楽を深めていくのは、全国ツアーをできるようになって初めて経験できること。この機会をうまく自分の成長につなげたいです」
そして後半のメインは、ラヴェル『ラ・ヴァルス』とストラヴィンスキー『ペトリューシュカ』。
「ピアノそのものの美しさを感じるショパンとは違い、これらはもともとオーケストラ作品です。ピアノ一台でオーケストラの楽器の色彩感を出せるという、表現の幅を感じてほしいです」
亀井といえばこれまで、超絶技巧の代表作から『ノルマの回想』や『イスラメイ』を十八番としてきた。前述のコンクールでも、難曲を難曲と感じさせないところまで手の内にいれ、音楽表現を極めた演奏を披露し、聴衆、さらにはいわば同業者である審査員を魅了していた。しかし新しいステップに進もうとする今、これらに変わるヴィルトゥオーゾ・ピースを新しく勉強したいと思ったという。いずれもバレエと関係する、ストーリー性を持つ楽曲だ。
「それぞれの場面はイメージしますが、やはり一番大切にするのはスコアです。オーケストラの場合、どんな楽器がどんな効果を生むのか、それがピアノのためにリダクションされたときどうなっているのか、逆にピアノだからこそ加えられた技巧的要素はどんな部分なのか。何層にも重なってできた音楽をよく見て、物語をいかに再現するかを考えたいです。特に『ペトリューシュカ』はずっとやりたいと思っていた曲。オーケストラの中のピアノを弾いたことがあるので、全体のイメージは頭の中にあります。ピアノで弾くのは難しいですから、指が回る今のうちに習得しておこうと思いました」
亀井が超絶技巧作品を得意とするのは、12度まで開く柔軟性も備えた手という、フィジカル的なアドバンテージも大きい。加えて、子どもの頃から受けたレッスンの影響もあるだろうと話す。
「手の厚みや大きさは、確かにプラスになっていると思います。その意味では食べているものも関係しているかもしれません……手が痩せていると細い音になりがちです。加えて、指の関節ごとのトレーニング、さらに指先、手首、前腕と使う場所を変えていくトレーニングは、いつもやっています。これは中学時代から師事する長谷正一先生に教えていただきました。長谷先生はブルーノ・レオナルド・ゲルバーの弟子なので、彼から脈々と受け継がれてきたもののようです。弱点を見つけたら、それを改善するトレーニングを行うということは、ずっと積み重ねてきました。逆に小学生まで師事していた先生は、指のフォームやタッチは体格や骨格がわかってから身につければいいからと、こうしなさいということは一切おっしゃいませんでした。小さい頃に変なクセをつけなかったことがよかったのかもしれません」
ヤマハのコンサートグランドピアノ「CFX」を初めて弾いたのは中学生のとき。岐阜のサラマンカホールでマリア=ジョアン・ピリスのマスタークラスを受けた際、彼女が選定して持ち込んだ「CFX」を弾いた。
「ショパンのスケルツォ4番を弾いたのですが、高音のパッセージがキラキラ輝いて、ほかのピアノで弾いていた時にはなかった曲の魅力を感じて。楽器にすごく感動した記憶があります」
では、本番に向けて理想とする音楽をどのように作り、思い描く音色はどのように鳴らしているのだろうか。
「まずはどんな演奏がしたいか、理想像を思い浮かべるため、スコアを読み、いろいろな演奏を聴きます。練習中は、求める音色を鳴らすためのタッチを試し、そのタッチを見つけたら、今度は理想の音とタッチをつなぐ“神経回路”を確立させる。本番で考えることなく、音をイメージすれば自然と指が動くようになるまで体になじませていきます。その循環を定着させるために大事なのは、結局は、この音楽を届けたい、曲が好きだという気持ちです」
自ら作曲し、ピアニストの活躍にとどまらない可能性を感じさせる亀井。今、どんな未来を思い描いているのだろうか。
「もちろん今は、僕のピアノを聴いてくださった方の喜ぶ顔が、シンプルに、自分は音楽をやっていてよかったという充実感になっています。でも長い目で見れば、僕はやっぱり、自分がいなくなった後にも名前が残るような人になりたいんです。その意味で、ピアノを弾く以外で高い熱量を持って取り組んでいるのは作曲です。最近はオーケストレーションの研究が本当におもしろく、指揮に興味を持っているのも、スコアにある音符がどう音に変換されているかを知りたいから。いつかコンチェルトは書きたいですね」
自作曲を披露する機会も増えているが、そうなると、歴史上の作曲家に対して感じることも変わってくるのだろうか。
「もしかすると、作曲家が主でピアニストはあくまで従だ、という答えが一般的には理想なのかもしれませんが……僕自身はどこか、自分は作曲家を再現するためだけの道具になりたくないと思っているところがあります」
天才作曲家が書いたものは素晴らしいし、古典を勉強することは大事だが、「古典の勉強が目的になっているのは、クラシック音楽特有のことだと思う」と亀井は話す。
「ほかの多くの分野では、新しいものを生み出すための研究材料として古いものを研究しますよね。今の自分が作曲家としてオリジナリティを出すことなど、まだできないことはわかっています。今は傑作の真似事でも、その積み重ねの先にいつかオリジナリティが出てくるだろうと思いながら、インプットを続けています。そうしていつか、何かを世の中に生み出せる人間になりたいですね」
5月28日(日)14:00開演 ザ・シンフォニーホール(大阪府大阪市)(SOLD OUT)
5月30日(火)18:30開演 札幌コンサートホールKitara 大ホール(北海道札幌市)
6月2日(金)19:00開演 福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)(福岡県福岡市)(SOLD OUT)
6月6日(火)19:00開演 電力ホール(宮城県仙台市)
6月8日(木)19:00開演 山形テルサ テルサホール(山形県山形市)
6月10日(土)14:00開演 東京オペラシティ コンサートホール(東京都渋谷区)(SOLD OUT)
6月29日(木)19:00開演 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟県新潟市)
7月4日(火)18:30開演 岩手県民会館 中ホール(岩手県盛岡市)
7月5日(水)19:00開演 八戸市公会堂 中ホール(青森県八戸市)
7月6日(木)18:30開演 ふくしん夢の音楽堂 大ホール(福島県福島市)
8月5日(土)14:00開演 愛知県芸術劇場 コンサートホール(愛知県名古屋市)
8月9日(水)19:00開演 サントリーホール(東京都港区)(SOLD OUT)
曲目:ショパン/アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ Op.22、ショパン/幻想曲 Op.49、ラヴェル/ラ・ヴァルス、ストラヴィンスキー/ペトルーシュカからの3楽章、ほか
チケットのご購入や販売状況は、下記のサイトにてご確認ください。
亀井聖矢 凱旋リサイタルツアー2023(イープラス)
亀井聖矢〔かめい・まさや〕
2001年生まれ。4歳よりピアノを始める。2019年、第88回日本音楽コンクールピアノ部門第1位、及び聴衆賞受賞。同年、第43回ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、及び聴衆賞受賞。2022年、マリア・カナルス国際ピアノコンクール第3位受賞。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。同年、ロン=ティボー国際音楽コンクールにて第1位を受賞。併せて「聴衆賞」「評論家賞」の2つの特別賞を受賞。
オフィシャルサイト
文/ 高坂はる香
photo/ 宮地たか子(1、3枚目)
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