Web音遊人(みゅーじん)

イアン・ハンター

イアン・ハンター、84歳にしてロックンロールの道半ば。2作品がリリース

84歳にしてロックンロールの道半ば。イアン・ハンターの旅路は続く。

1969年にモット・ザ・フープルでデビューして以来、イアンは常にロックンロールの喜びと哀しみを歌ってきた。30歳でファースト・アルバムを発表、“30歳以上を信じるな”という既成概念を覆した彼は、ロックンロール街道を直進。その音楽性はもちろん、『メンフィスからの道 All The Way From Memphis』『土曜日の誘惑 Roll Away The Stone』『ロックンロール黄金時代 The Golden Age Of Rock ‘n’ Roll』『すべての若き野郎ども All The Young Dudes』『野郎どもの襲撃 Crash Street Kids』『ロックンロール・クイーン』など、歌詞もまたロックンロールと“デューズ=野郎ども”の連帯を歌い上げていた。さらにイアンが1972年北米ツアーについて綴った著書『Diary Of A Rock'n'Roll Star』(1974)はロック旅日記の古典として版を重ねている。

名曲の数々に加えてデヴィッド・ボウイが彼らを支援したこと、クイーンが彼らの前座から巣立っていったなどの伝説を生んだモット・ザ・フープルだが、イアンは1974年に脱退。それからソロ・アーティストあるいはミック・ロンソンとのコラボレーション、そして数回のモット・ザ・フープル再結成を挟みながら活動してきた。

さすがに80歳を超えてペースダウンするかと思いきや、2023年になって彼の2枚のアルバムがリリースされることになった。

オールスター・ゲスト参加の新作『Defiance Pt.1』

『Defiance Pt.1』は前作『フィンガーズ・クロスト』(2016)から約7年ぶりとなる新作だ。

このアルバムの最大のセールス・ポイントは、オールスター・ゲスト陣だろう。コネチカット州にあるイアンの自宅で録った音源にさまざまなミュージシャン達がトラックを提供する形式で制作されたが、ジェフ・ベックとテイラー・ホーキンスの生前ラスト・レコーディングに近いと思われる音源をはじめ、ビリー・ギボンズ(ZZトップ)、スラッシュ、ダフ・マッケイガン(ガンズ・アンド・ローゼズ)、ジョー・エリオット(デフ・レパード)、ロバート・トルヒーヨ(メタリカ)、ブラッド・ウィットフォード(エアロスミス)、リンゴ・スター(ザ・ビートルズ)などが参加している。イアンの1980年ツアーに同行したことがあるトッド・ラングレンとの久々の合体も嬉しいし、ストーン・テンプル・パイロッツのメンバーを従えてイアンが歌うという趣向もある。

これだけの豪華ゲスト陣を招くことが出来たことについて、イアンは2020年からのコロナ禍を理由に挙げている。「みんなツアーに出られなくなって家にいたからやってくれた」そうだが、実際には彼の長年のロックンロールへの貢献、そしてその愛すべき人柄によるものだろう。少なくとも60年以上“不良”のロックンローラーをやってきた彼だが、筆者(山﨑)が直接会話した限りユーモアを込めて話す、地に足の着いた紳士だった。

そして本作の最大の魅力は、楽曲そのものとイアンのヴォーカルだ。自らがルーツ・オブ・パンクであることを誇示する『Defiance』や哀愁漂う『No Hard Feelings』、そのロックンロール人生へのステートメント『This Is What I'm Here For』など、全編ロックンロールの背骨が通った、それでいて随所でグッと泣かせるアルバムとなっている。既に“〜Pt.2”も半分以上が出来上がっているというので楽しみだ。

なお本作はエルヴィス・プレスリーを筆頭に伝説のアーティスト達を輩出した“サン・レコーズ”から発表されたことも話題を呼んだ。


イアン・ハンター/『Defiance(Official Lyric Video)ft. Robert Trujillo, Slash』

1995年の隠れた名盤『ダーティ・ランドリー』

さらにイアンが1995年に発表したアルバム『ダーティ・ランドリー』が新装再発される。

作品発表のペースを落としつつあった時期、ミック・ロンソンとの共作『YUI Orta』(1989/邦題は『一匹狼』)から6年ぶりとなった新作。オリジナル盤はノルウェーとアメリカのインディーズから発売、長く廃盤になっていたアルバム(2007年にイギリスで再発された)のジャケット・デザインを新たにして、初の日本流通盤としてリリースされることになった。再発とはいえ、初めて聴く人がけっこう多いのでは?

本作は元々アルバムとして発表される予定はなく、イアンと元ハリウッド・ブラッツのキーボード奏者カジノ・スティールが行ったジャムから発展していったもの。“ほとんどアクシデントで”出来上がった作品だ。

だが、そんな策を弄さない作風が功を奏し、『ダーティ・ランドリー』はイアンという人間をヴィヴィッドに描いた等身大のロックンロール・アルバムに仕上がっている。横ノリで揺れる『ダンシング・オン・ザ・ムーン』、1960年代のビート・サウンドを彷彿とさせる『アナザー・ファイン・メス』、じんわり泣かせる『スカーズ』、『すべての若き野郎ども』に通じる“デュード”達のアンセム『マイ・レヴォリューション』などで、彼は決して斬新なことを試みてはいない。だが、その音楽性のツボがしっかり押さえられているため、彼の音楽を愛するファンが魅了される瞬間がいくつもあり、入門編としても申し分ないだろう。セックス・ピストルズのグレン・マトロックやザ・ボーイズのオネスト・ジョン・プレインらパンク組のバックアップも曲にラフなエッジを加えていて絶妙だ。

両アルバムともライヴ向きのナンバーが揃っているため、ぜひステージで歌って欲しいところだが、イアンはここしばらくツアーを行っていない。2019年5月から6月にかけてニューヨークの“シティ・ワイナリー”で4夜公演を行った彼は10月からモット・ザ・フープルとしての北米ツアーを行う予定だったが、耳鳴りがひどく中止に。そのままコロナ禍に突入して現在に至る……という状況だ。2021年1月にはロサンゼルスで行われたデヴィッド・ボウイへのトリビュート・コンサート“ア・ボウイ・セレブレーション”に参加したが、単独ライヴは行われていない。

なお2015年に初来日公演が実現したもの、2017年に発表された再来日はビジネス上のトラブルで中止に。主催者側からは“昨今の北朝鮮情勢を鑑み”という発表があった。

ステージに立つことはなくとも、イアンは自らのInstagramで近況を動画でアップデート、元気なところを見せてくれている。「1950年代から現代まで、ずっと“ロックンロール黄金時代”だよ!私はこの時代に生きることが出来て幸せだね」と語る彼だが、その黄金時代を築き上げるのに多大な貢献をしてきたのが彼だ。イアン・ハンターの過去に感謝し、未来に期待したい。

イアン・ハンター

■アルバム『Defiance Pt.1』

アルバム『Defiance Pt.1』

発売元:Sun Records(輸入盤)
発売日:2023年4月21日
詳細はこちら

■アルバム『ダーティ・ランドリー』

アルバム『ダーティ・ランドリー』

発売元:BSMF RECORDS
発売日:2023年7月28日
価格:2,750円(税込)
詳細はこちら

■イアン・ハンター公式サイト

イアン・ハンター公式サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:反田恭平さん「半音進行が使われている曲にハマります」

15956views

伝説のヘヴィ・メタル・バンド、ザ・ロッズが日本初上陸『JAPANESE ASSAULT FEST 17』開催

音楽ライターの眼

伝説のヘヴィ・メタル・バンド、ザ・ロッズが日本初上陸『JAPANESE ASSAULT FEST 17』

7724views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

5184views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

119948views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7164views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

9432views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

22381views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2918views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8357views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1495views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8452views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9903views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9080views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12815views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#037 ジャズを改革した天才の業績を気負わずに聴ける追悼盤~チャーリー・パーカー『ナウズ・ザ・タイム』編

268views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

8199views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

1738views

P-515

楽器探訪 Anothertake

ポータブルタイプの電子ピアノ「Pシリーズ」に、リアルなタッチ感が得られる木製鍵盤を搭載したモデルが登場!

32937views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11566views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5163views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2316views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9168views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9903views