Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#023 ジャズ界の“彗星”が遺したハード・バップからの決別宣言~エリック・ドルフィー『アット・ザ・ファイヴ・スポット VOL.1』編

エリック・ドルフィーの作品を取り上げるにあたり、改めて彼の業績を辿ってみたところ、ボクの脳裏に浮かんだのは“彗星”という言葉でした。

天文学的には“太陽系に属し、放物線のような軌道を描いて運動する星雲状の小天体”を指し、太陽に近づくにしたがって明るさを増して地球上からも目視できるようになるため、その突如として出現する様を人に例えて用いるようになりました。

すなわち、エリック・ドルフィーを“ジャズ界の彗星”と呼ぶような使い方です。

エリック・ドルフィーは1928年に米ロサンゼルスで生まれ、ジュニア・ハイスクール時代から音楽に興味を抱くようになり、大学へ進んで音楽学を専攻しています。

30歳になるまでは、ウエストコースト・ジャズのシーンでは腕利きとして知られるようになりながらも、注目度としてはイマイチ。レコーディングされた音源も数えるほどしか残っていません。

転機が訪れたのは、1959年の暮れも押し迫るころ。

ニューヨークへ活動の拠点を移したエリック・ドルフィーは、チャールズ・ミンガスのグループに参加。中核メンバーのひとりとして個性を存分に発揮するようになります。

“個性を存分に発揮”というのは、それまでビバップの祖であるチャーリー・パーカーに追随し、それを範としていた彼のプレイスタイルが、音色もフレーズもエリック・ドルフィーにしか出せないものに変化していったことを意味します。

そして1960年になると、満を持してソロ名義の制作に取りかかり、その年のうちに3枚のリーダー・アルバムを完成させてしまうのです。

翌1961年、トランペット奏者のブッカー・リトルと双頭コンボ(2人をリーダー格とする小編成バンド)を結成して、2週間のスケジュールでニューヨークのジャズクラブ“ファイヴ・スポット”に出演。

そのうちの7月16日に行なわれたライヴ・レコーディングの音源によって、本作は構成されています。


Fire Waltz

アルバム概要

オリジナルはLP盤でリリースされ、A面に2曲、B面に1曲の計3曲で、CD化にあたってA面2曲目の『ビー・ヴァンプ』の別テイクが加えられ、4曲収録となっています。

メンバーは、アルト・サックスとバス・クラリネットのエリック・ドルフィー、トランペットのブッカー・リトル、ピアノのマル・ウォルドロン、ベースのリチャード・デイヴィス、ドラムスのエド・ブラックウェルの5名。

曲はすべてメンバーのオリジナルで、『ファイアー・ワルツ』がマル・ウォルドロン、『ビー・ヴァンプ』がブッカー・リトル、『ザ・プロフェット』がエリック・ドルフィーによるものとなっています。

“名盤”の理由

本作が“名盤”とされるようになった背景には、メンバーの“死”が大きく関係していると言わざるをえません。

誰の“死”かと言えば、コ・リーダーであるエリック・ドルフィーとブッカー・リトルです。

特にブッカー・リトルは、本作レコーディングから2か月半後の10月5日、そのリリースを見ぬまま病死してしまいます。

そして、ジャズ界はその喪失の大きさを、彼の死の直後にリリースされた本作で知ることになったわけなのです。

残されたエリック・ドルフィーもまた、ジョン・コルトレーンのグループやギル・エヴァンス・オーケストラへの参加、チャールズ・ミンガスとの再共演など、数々のジャズ史を彩るエポックを生みながら、1964年にツアー先の旧東ドイツ・西ベルリンで心臓発作により急逝。

エリック・ドルフィーが享年36歳、ブッカー・リトルは同23歳という若さでした。

2人はニューヨークで出逢ったようで、1960年12月に制作されたエリック・ドルフィーのアルバム『ファー・クライ』にブッカー・リトルが参加。

この共演を音楽的に発展させようとしたのが、ジャズクラブ“ファイヴ・スポット”への出演だったと考えられます。

いま聴くべきポイント

1955年にビバップの創始者のひとりであるチャーリー・パーカーが逝去すると、ジャズ界は“次なるシーンの変革者”を探し求めるようになりました。

チャーリー・パーカーと同じアルト・サックス奏者でその最左翼にいたのが、オーネット・コールマンとエリック・ドルフィー。

大勢がビバップの延長線上で爛熟していったハード・バップを主戦場とするなかで、2人はチャーリー・パーカーの影響を受けながらも、どうすればチャーリー・パーカーがやらなかったアプローチを具現できるかに腐心することになります。

実は、前述の『ファー・クライ』は、チャーリー・パーカーとの名コンビで知られるトランペットのディジー・ガレスピーを擁したクインテット・スタイルを大いに意識した内容になっています。

しかしエリック・ドルフィーはあえてバス・クラリネットやフルートでの演奏に振り分けることで、“脱チャーリー・パーカー”を試みようとしたことがうかがえるのです。

恐らくその『ファー・クライ』のセッションで“脱チャーリー・パーカー”のイメージをつかんだエリック・ドルフィーは、ブッカー・リトルとともに真正面から、つまりアルト・サックスをメインとして新たなるジャズにも挑もうとした──というのが、ファイヴ・スポット出演の動機だと思うのです。

本作のあと、エリック・ドルフィーはトランペットとサックスをフロントにしたクインテットにこだわることなく、より柔軟な編成で自らの内から湧き出る音楽を放つようになっていきます。

それはエリック・ドルフィーが、範としてきたチャーリー・パーカーを本作で超え、同時代に脚光を浴びるハード・バップとも袂を分かつ決意に至るに足る、満足のいくチャレンジだったことを示せたから──だったのだと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人 - 平原綾香さん

今月の音遊人

今月の音遊人:平原綾香さん「未来のことを考えず、純粋に音楽を奏でる人こそ、真の音楽家だと思います」

13750views

音楽ライターの眼

ラヴェル「ラ・ヴァルス」、ワルツ独り舞台/福間洸太朗ピアノ・コンサート

6039views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2512views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

3021views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7660views

オトノ仕事人

コンサートの音の責任者/サウンドデザイナーの仕事

12202views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19169views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6729views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14783views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4409views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4653views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7715views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11291views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#032 多様な世界観が導いた普遍的な“聴きやすさ”~オスカー・ピーターソン・トリオ『プリーズ・リクエスト』編

1236views

オトノ仕事人

コンサートの音の責任者/サウンドデザイナーの仕事

12202views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1555views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

131399views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7619views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4531views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

293734views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10745views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views