Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#026 ハード・バップのお手本を生み出したシンプルな編成と陽キャな企画~ブルー・ミッチェル『ブルーズ・ムーズ』編

1950年代のハード・バップ全盛期に頭角を現わし、伸びやかな音色と粒立ちのいいフレージングでモダン・ジャズのファンが抱く期待を裏切らない上質な演奏を提供し続けたトランペット奏者──というのが、ブルー・ミッチェルに対するボクの個人的なイメージです。

巧いのはもちろんですが、しかしアクは強くなく、でもパワーとスピードは文句なし……。

そんなバランスのとれた才能ゆえに、フロントのホーン・アンサンブルを重視する傾向が強まっていった1950年代後半にあって引っぱりだこ状態のブルー・ミッチェルでしたが、その彼には珍しい、ワンホーン・クァルテットの作品です。


Avars/Blue Mitchell

アルバム概要

1960年8月にスタジオで収録、同年リリースされたアルバムです。

オリジナルはA面に4曲、B面に4曲の8曲構成のLP盤で、CD化でも同曲数同順になっています。

メンバーは、トランペットがブルー・ミッチェル、ピアノがウィントン・ケリー、ベースがサム・ジョーンズ、ドラムスがロイ・ブルックス。

収録内容は、いわゆるジャズ・スタンダードと呼ばれるカヴァー曲が5曲、ビバップのオリジネーターであるチャーリー・パーカーのカヴァー曲が1曲、ブルー・ミッチェルのオリジナル曲が1曲、ウィントン・ケリーとの共作が1曲となっています。

“名盤”の理由

ワン・ホーン編成でじっくりタップリとブルー・ミッチェルを堪能できることが本作の魅力の最右翼なわけですが、じっくりタップリのために選曲を工夫したことが、ヒットの要因だったのではないかと考えています。

本名リチャード・アレン・ミッチェルである彼が、トランペットを始めたころからの愛称である“ブルー”と呼ばれたのは、その音色やニュアンスがブルージーな、つまり“憂いを帯びたプレイスタイル”だったことが推測されるわけで、実際にプロとして記録されている音源も、ルイ・アームストロングやディジー・ガレスピーといった先輩たちに比べると、中音域を意識したフラットなトーンを持ち味としたプレイヤーであることがわかります。

そうした抑制のきいたストレートなプレイだったからこそ、個人技によるバトル的な展開の行き詰まりからアンサンブル志向へと転換していったハード・バップ・シーンで“重宝される存在”になったわけですが、自分名義のアルバムでは“違う抽斗(ひきだし)”を披露してみようとしたんじゃないか……。

というのも、メジャー・キーやユーモラスなニュアンスの曲の比率が高く、「あれ、ブルー・ミッチェルってこんな陽キャなトランペッターだったっけ?」と思わせる工夫が随所に感じられるからなのですが、そんなギャップと全体的な明るさが聴きやすさにつながって、本作を“名盤”へと押し上げたのではないかと思うのです。

いま聴くべきポイント

ブルー・ミッチェルがいつもの“ブルー”な自分ではない部分を意識して録音に臨んだのであれば、本作はちょっと“よそ行き”にまとめられていると言えるはずです。

それはつまり、アフリカ系アメリカ人のジャズに偏りすぎないバランスをとった作品であることを意味し、日本でも根強く支持されているのはそれ故だと考えるわけです。

“日本でも根強く支持されている”といえば、大学のジャズ研で本作が必聴盤だったという“都市伝説”もあるようですが、その背景にもアフリカ系ジャズ的な“ブルーすぎないまとめ方”が関係しているんじゃないでしょうか。

──と、まぁ、ここまで本作の陽キャ推しをしてきたわけですが、改めてひと通り聴き返してみると、マイナー・キーの『エイヴァース』のスタイリッシュなかっこよさが際立っているんですけどね……。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

岩崎宏美さん

今月の音遊人

今月の音遊人:岩崎宏美さん「中学生のころ、マイケル・ジャクソンと結婚したいと思っていたんですよ」

11429views

音楽ライターの眼

さまざまな音楽、溶け合う楽器の音色、それらが届ける平和の祈り:井上鑑「TOKYO INSTALLATION 2022- Birds of Tokyo『願いを乗せて飛び立つうた』」

1294views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

10663views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

19679views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4829views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

11795views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10931views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14526views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10434views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4651views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7296views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26231views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9486views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12171views

ジェフ・リンズELO

音楽ライターの眼

ジェフ・リンズELOがライヴ映像作品/CD『ウェンブリー・オア・バスト〜ライヴ・アット・ウェンブリー・スタジアム』を発表

4341views

JTBロイヤルロード銀座

オトノ仕事人

日本では出逢えない海外の音楽体験ツアーを楽しんでいただく/海外への音楽旅行の企画の仕事

7272views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11909views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

12896views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

14054views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5949views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

55986views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6324views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26231views