Web音遊人(みゅーじん)

アインシュタインが弾いたピアノ

アインシュタインが弾いたピアノ〜復活の物語

物理学者・アインシュタインが弾いたピアノが日本に現存している。
製造から120年以上を経たピアノだが、今も人々を楽しませているのだ。文化財ともいえるピアノを演奏可能な状態に修復したのはヤマハの技術者だった。

主治医のようにピアノと寄り添う技術者

アインシュタインが弾いたピアノを所有しているのは老舗の奈良ホテル。1922年にアインシュタインが初来日した際、同ホテルに宿泊し、演奏したのだった。ピアノは1900年初頭、米ハリントン社製のアップライトピアノ。終戦直後から50年ほど行方不明になっていたが、1992年にビルの地下倉庫から偶然に発見された。その後、アインシュタインが演奏中の写真も見つかり、ピアノは2009年、ホテルに戻った。

米ハリントン社のピアノ。約120年前に製造された。

しかし、長年にわたり倉庫に眠っていたピアノは演奏できる状態ではなく、2012年に修復が行われた。この時担当したのが、ヤマハピアノサービス大阪センターで豊富な経験をもつ技術者の喜多保幸さんだ。
「依頼を受けて初めてこのピアノを見ましたが、ボロボロでとてもひどい状態でした。鍵盤をたたいても音が出ないところもあり、ピアノとして演奏することはできませんでした。ホテルからのリクエストは、ピカピカにするのではなく、アンティークな状態はそのまま残してほしい。高度な曲は弾けなくてもいいので、ピアノとして最低限演奏できる形に直してほしい、というものでした」
当時のホテルの窓口となったのが、アインシュタインの演奏写真を見つけるのにとても苦労された方だった。それだけにこのピアノへの思い入れは強い。喜多さんもその思いを受け取り、なんとかしたいと思った。歴史的な楽器の修復プロジェクトは、こうした信頼関係に支えられ、進んだ。
「ハンマーを交換する話も出ましたが、ハンマーを変えると音色が変わってしまいます。ですから、その時点で使えるものは使えるところまでそのままでいく。部品は極力換えず、今ある部品を使って修理する、ということになりました」
日頃からさまざまなピアノの調律や修理を手掛ける喜多さんは、この時は弦交換などを行い、なんとか演奏可能な状態に戻した。

そこから年月を経てハンマーにも劣化が目立ち始め、いよいよ限界が近づいていた。2023年、ホテルはついに大幅な修復を決意。1回目の修復後から、調律メンテナンスを担当する、ピアノの主治医のような喜多さんが、再び修復を行うことになった。

アインシュタインが弾いたピアノ

取り外したハンマー(左)。作業する喜多保幸さん(右)。

アインシュタインが弾いたピアノ

劣化したハンマー(左)を交換し音色が蘇った。

ピアノも人々の思いも蘇らせた技術

2024年1月に修復が始まった。ハンマーはヘッドのみを取り替え、劣化の激しい部分だけはシャンクごと交換。また、鍵盤をたたく際の動作音を改善し、鍵盤や外装は、剥がれた部分を接着した。音色は、ハンマーを交換する前の音色から想像し、できるだけ再現できるよう調整したという。
「ヤマハ製のピアノではないですし、現代のピアノとは異なる特殊な部品も多く、代用がききません。破損した時にどう対処するのかという心配もあって、そういった意味で失敗できないという緊張感がありました」
同年2月、無事に修復を終えた時のことを、「無事に完了してホッとしました」と振り返る。その後、奈良県出身のピアニスト・秋田慎治さんによって復活のお披露目演奏会も開かれた。
「このピアノは、アインシュタインが弾いたピアノとして有名になりましたが、1枚の写真を探し出してくれたからこそ、この修復に至ったと思います。このような貴重なピアノに関われたことは、とてもラッキーでした」

アインシュタインが弾いたピアノ

修理が完了したピアノ(奈良ホテルの一階ロビー)。

アインシュタインのピアノの復活は、新聞やニュースでも取り上げられ、注目を浴びたが、その話題の裏には技術者の力があった。ヤマハピアノサービス大阪センターでは日々、11人の技術者が切磋琢磨しながら技術を高め合っているという。
「ここには11人分の知識と経験があります。ひとりで解決するには難しい問題も、助け合って解決できることが大きな力となっています。この環境がありますから、われわれの技術力は次世代へと受け継がれていくと思っています」

アインシュタインが弾いた120歳を超えたピアノは、技術者の技術と愛情によって、今もその音色を人々に伝え続けている。

facebook

twitter

特集

廣津留すみれ

今月の音遊人

今月の音遊人:廣津留すみれさん 「私にとって音楽は、昔も今もずっと“楽しいもの”」

7528views

音楽ライターの眼

連載33[ジャズ事始め]オスカー・ピーターソンを完コピしていた佐藤允彦が本人を前に冷や汗を流して学んだこと

4201views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

15374views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12704views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

10679views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

5931views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

559views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8091views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13522views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9418views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

6162views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11813views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9040views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13522views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#053 “ブラジルの風”を先取りして世界標準にせしめた敏腕プロデューサーの策略~クインシー・ジョーンズ『ソウル・ボサノヴァ』編

1010views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

7912views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

9233views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

15593views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

21760views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5566views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

51780views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8091views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11813views