Web音遊人(みゅーじん)

地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

音楽はホールから街全体へ。地域をジャズ一色に染めるイベントを企画運営/地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

今や、全国各地で開催されている音楽フェスティバル。地域を盛り上げるこれらのイベントは、どのようにしてつくられているのだろうか。
1992年に産声を上げ、2024年時点で32年の歴史をもつ「ハママツ・ジャズ・ウィーク」を、浜松市などとともに主催するヤマハの佐藤伸行さんに聞いた。

官民一体となり音楽の街をつくる

音楽が街をつくり、同時に街が音楽をつくることを目指してスタートした「ハママツ・ジャズ・ウィーク」。毎年10月に開催され、開催期間中は、浜松の街がジャズ一色に染まる。
そもそもなぜジャズだったのか。プロデューサーを務める佐藤さんはこう話す。
「ジャズの特徴のひとつは、即興性です。ミュージシャンと聴き手がその場でつくり上げていく奥深い音楽であり、フェスティバルにふさわしいジャンルではないでしょうか」
0歳児からファミリーで楽しめるコンサートやワークショップ、そして小学生、中・高校生向けのイベント、ストリートやジャズクラブなどでの演奏や評論家によるトークセッション、さらに国内外の著名ミュージシャンが出演する本格的なステージまでイベント内容は実に多彩だ。

「子どもから高齢者の方まで、ジャズ初心者からコアなファンまで。それぞれに向けた特色のあるプログラムを組んでいくと、やはり1週間程度は必要ですね」
「ウィーク」と銘打ち、1週間以上の長い期間にわたって多種多様なイベントが繰り広げられるジャズの祭典は、全国的にも類を見ないだろう。
こうした魅力に富んだ多様なプログラムを企画し、イベントを統括するのがプロデューサーの役割だ。佐藤さんは、2015年からその大役を務めてきた。

地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

プロジェクトが始まるのは1月。企画を練り上げ、3月にかけて出演アーティストと交渉してブッキングする。大物アーティストの場合、2~3年前から予約し、ようやく出演が叶うこともあるという。そのための情報収集は、日ごろから欠かさない。
「ひとりで行う作業なので、自分の選択が本当に正しいのか迷うこともありますが、理想を組み立てて交渉を進めます。もっとも大切にしているのは、アーティストとの信頼関係ですね。まずは、オファーする際にイベントの主旨やなぜお声かけしたのかという私の思いをしっかり伝えることから始まります。ステージ構成については、選曲やアレンジ、セットリスト、バンドメンバーなどご提案をして、アーティストと一緒にアイデアを練りながら、本番に向けて信頼関係を築いていきます」
4月には事務局を立ち上げ、スタッフとともに運営体制を整える。5月は主催団体のキックオフ。「ハママツ・ジャズ・ウィーク」はヤマハのほか浜松市や地元新聞社、放送局など官民5団体が主催しており、今年の方向性について協議、確認する。6月になると、プレスリリースの発行など情報公開がスタートする。
「われわれのイベントは、約150社の協賛によって支えられています。そのおかげでこの規模のイベントができるわけですので、7月の1か月は私も各社に足を運び、協賛のお願いをして回ります」
その後もパンフレット制作やメディア対応、チケットを販売するプレイガイドとのやり取りなどが続き、直前の9月には移動や食事も含めたアーティストの当日のスケジュールを詰めていく。
しかし、どんなに緻密に計画を練って準備を整えたとしても、ハプニングに見舞われることもある。大御所ジャズピアニスト、ケニー・バロンをニューヨークから招いた2019年のこと。自称「雨男」の佐藤さんは、かなり前から何度も天気をチェックし、浜松の最終的な予報に安堵していた。ところが、関東で暴風が発生し、イベント前日に成田に降り立つはずの飛行機は新千歳空港へ。
「翌朝の便はすでに満席。幸い夜中の臨時便で発つことができ、未明に都内のホテルへ。翌朝、浜松まで移動していただいて何とか間に合ったのですが、本当に生きた心地がしませんでした」

感動的な体験はそれ以上に深く心に刻まれている

ジャズといえばニューヨークなどのアーティストを招へいすることが多いなか、北欧を代表するビッグバンド「ボーヒュスレーン・ビッグバンド」を初めてスウェーデンから招くことになった。
「スウェーデンの方々は調和を大切にするなど日本人とも共通する心があり、それが演奏にも出てくるんです。彼らと接しているうちにそうしたものが伝わってきて通じ合い、終了後に別れるときには、お互いに心に熱くこみ上げてくるものがありました」
音楽でつながる。それは、自らが音楽をやっていることが役立っていることを実感する瞬間でもある。

地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

2023年の「ハママツ・ジャズ・ウィーク」の様子。(上から)0歳から入場可能な「ファミリーJAZZコンサート」、ジャズワークショップを経た小学生〜大学生までのビッグバンドが演奏を披露する「ネクストジェネレーション ジャズステージ」、プロミュージシャンが市内小中学校に出向く「出前ジャズコンサート」、最終日に行われジャズの偉大な音楽家が出演する「ヤマハジャズフェスティバル」。

実は佐藤さんはプロデューサーであるだけでなく、イベント出演者としての顔も持つ。母親がピアノ教師であり、幼いころからクラシックピアノに取り組んできた。ヤマハ入社後は、技術者としてソフトウェア開発に注力。一方で赴任になった浜松で、「ハママツ・ジャズ・ウィーク」をとおしてジャズの楽しさや奥深さに魅せられた。以来、ジャズを突き詰め、「ハママツ・ジャズ・ウィーク」にピアニストとして参加するように。ジャズを通じて地域のネットワークも構築していった。プロデューサーとして白羽の矢が立った後も、毎年公演に出演している。
「自分も参加することで盛り上げに少しでも貢献したいという気持ち、それから現場を見ておきたいという思いがあります。スタッフではなく、プレイヤーとして現場に入ることで、見えてくるものもありますから」

地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

佐藤さんはピアニストとしても「ハママツ・ジャズ・ウィーク」に参加を続けている。

将来の目標はジャズフェス・サミットの結成

今や浜松市民だけでなく県内外から約2万人が足を運ぶ「ハママツ・ジャズ・ウィーク」。市内ジャズクラブで演奏が繰り広げられる「街のジャズクラブ」の参加店舗は、佐藤さん就任当初の7店舗から約30店舗へと拡大した。「ストリート ジャズ フェスティバル」にも、今や約100組のバンドがエントリーする。
「浜松は、街の規模に対して音楽人口が多いんです。人口80万人に対して、ビッグバンドが約30組もある地域は、おそらくほかにないと思います。こういった音楽の街でヤマハが事業を展開させていただいていますので、それを地域の皆さんに還元していくことがこのイベントの大きな目標です」
とりわけ胸を張るのが、初年から開催され、現在では最終日を飾るプログラムとなった「ヤマハジャズフェスティバル」だ。
「“ここにしかない、めぐり合い”をテーマに掲げた、我々ならではの企画だと自信を持っています。将来性ある若手アーティスト、華やかなステージパフォーマンスが魅力の女性ボーカル、大人数で迫力あるサウンドのビッグバンドと毎回3組のそれぞれに特徴あるアーティストが登場します。まさに“ここにしかないもの”を体現していると思います」
来場者の笑顔や楽しんでいる姿は、大きなやりがいになる。
「将来的には、全国に数多くあるジャズ・フェスとつながってサミットを結成し、それぞれの特色を生かした交流イベントを開催できたらいいですね」
佐藤さんは今、新たな夢を描いている。

地域音楽イベントのプロデューサーの仕事

Q.子どものころになりたかった職業は?
A.教師です。教師だった父の姿を間近で見ていて、大変だなと思う反面、子どもたちとの触れ合いが伝わってきて憧れました。また、人にものを教えるのが好きな性分なんです。僕は数学が好きでしたが、学生時代には念願叶って、小学校のときに通っていた塾で数学の講師をすることができました。

Q.音楽以外の趣味は?
A.小学校3~4年生ころから将棋をやっていました。高校時代は出身の北海道で優勝して全国大会に出場するほどに打ち込んでいましたね。浜松に来てからも、日本将棋連盟浜松支部で、アマチュア五段でやらせていただいていました。今は観る専門です。

Q.休日の過ごし方は?
A.週末は、カフェなどでピアノを演奏することが多いです。そうした場を通じた演奏者同士のコミュニケーションや人間関係が今の仕事につながっている面もあります。

Q.心がけていることは?
A.なかなか実践はできていないのですが、オンとオフの切り替えを意識したいと思っています。そうすることでオンのときのパフォーマンスも上がるでしょうし、オフのときのリラックス感もより増すのではないでしょうか。

Q.将来の夢は?
A.道産子らしさと自分の音楽経験を活かし、いつか地元の北海道でジンギスカンとジャズの店をやれたら面白いかな。いずれは実家に帰って、のんびり過ごすのもいいですね。

ハママツ・ジャズ・ウィーク

photo/ 坂本ようこ

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人 綾戸智恵さん

今月の音遊人

今月の音遊人:綾戸智恵さん「『このコンサート安いわー』って言われたい。お客さんに遊んでもらうために必死のパッチですわ!」

12331views

音楽ライターの眼

連載11[ジャズ事始め]美貌の奇術師率いる天勝一座が運んできたジャズの香りとフィリピン・ルート

2721views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

4913views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

45701views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4662views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

7598views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21361views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9404views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14963views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

748views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8522views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10173views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15525views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14026views

音楽ライターの眼

連載1[多様性とジャズ]ジャズはなぜ20世紀に求められたのかを“個人主義”という視点で考えてみると……

2469views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5568views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8116views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17223views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10603views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5306views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

2293views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8876views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25443views