Web音遊人(みゅーじん)

連載17[ジャズ事始め]上海がアジアにおけるジャズのホット・スポットであった歴史的事実とアジア・ジャズの関係性を解いてみる

前回まで、“上海リヴァイヴァル”ともいうべき、“狂騒の1920年代”へのノスタルジック・ムーヴメントについての事象を取り上げてきた。

そこで考えなければならないのが、では「“上海リヴァイヴァル”というスタイル自体はあったのか?」だ。

答えを先に言ってしまうと、「なかった」ということになる。

もちろん、ジャズという音楽にはいろいろなスタイルが存在し、それぞれのスタイルを確立したからこそ“文化”の一翼を担うと言われるようにもなったわけではある。

しかし、“狂騒の1920年代”に上海で演奏されていたジャズは、それ自体が音楽的なサブ・ジャンルを確立するには至らなかったと言わざるをえない。

理由として考えられるのは、当時のジャズが“最先端音楽”として利用価値の高いものだったから。

つまり、単純にそのままコピーをすれば「最先端の音楽を演奏できる演奏家」として仕事にありつくことが可能だったと言っていい。演奏家が必死に努力したのは、ジャズを要素として用いた自己表現をするためではなく、ジャズの楽曲が求める高度な演奏技術を習得するためだった。

そして、腕に覚えのある演奏家は一攫千金を夢見て上海をめざしたわけだけれど、そこで習得されたのはアメリカ本土を手本とするジャズのスタイルであって、オリジナリティの発露という段階にまでは及ばなかったと言わざるをえない。

さらに1930年代から40年代にかけては、戦況や国家体制の変化によって、アメリカで起きたビバップというジャズの変革に関する情報が届きにくい状態になってしまった。

音楽史を眺めると、クラシック音楽では20世紀に入り民族主義的な作風が台頭してきたのに対して、ジャズに民族主義的な作風が台頭するのは1960年代以降である。

「1920年代のジャズはクラシック音楽ほど成熟していなかったから」あるいは「ジャズ自体がアメリカの民族主義的な音楽ととらえられていたから」と言えばそれまでだ。

しかし、19世紀前半からわずか100年と経たずにディキシーランド・スタイルからスウィングへと変貌して、アメリカを代表するエンタテインメント音楽に成長。その後は10年スパンでビバップ、クール、ハード・バップといった“亜種”を生み出した事実を見れば、“成長していなかったから”とも“民族主義的な音楽だったから”とも言えないのではなかろうか。

ということで、“上海リヴァイヴァル”はムーヴメントとして(それはそれでアジアにジャズの発信起点があったという意味で重要であるから)取り上げたが、これからこの[ジャズ事始め]シリーズで触れようとする1980年代以降の“アジア・ジャズ”とは一線を画するものであるという前置きをしてから、次へと進みたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:藤井フミヤさん「音や音楽は心に栄養を与えてくれて、どんなときも味方になってくれるもの」

13065views

音楽ライターの眼

ブラッド・メルドーの『アフター・バッハ』は“無の境地”に至るショートカットなのかもしれない

6100views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

45035views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

15958views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7465views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5687views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24773views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14376views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24638views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

8154views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6091views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11813views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15186views

映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド: THE GREATEST HITS LIVE AT THE ROYAL ARENA COPENHAGEN』

音楽ライターの眼

ペット・ショップ・ボーイズのポップへのこだわりを捉えた映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド』が限定公開

1573views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1105views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

8134views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

3780views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24773views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7253views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

11174views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7706views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views