今月の音遊人
今月の音遊人:東儀秀樹さん 「“音で遊ぶ人”といえば僕のことでしょう。どのような楽器の演奏でも、楽しむことだけは忘れません」
12645views
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
この記事は3分で読めます
7186views
2020.12.1
テレビで明るくトークする姿を見ることも多いバイオリニストの木嶋真優さん。けれど、3歳半からバイオリニストとして厳しい道を歩み、世界の舞台で活躍してきた彼女の言葉には、ひたむきに音楽と向き合ってきた音楽家ならではの重みがあります。木嶋さんが理想とする「音遊人」の姿とは?
小学生の頃からいちばん聴いていたのは、チャイコフスキーの『交響曲第5番』だったかもしれません。最初にこの曲を聴いたとき、「あ、これが恋愛というものなのかな」と子どもながらに思ったのを憶えています(笑)。ロシア人のザハール・ブロン先生に師事する前からロシアの音楽が好きで、プロコフィエフやチャイコフスキーなどをよく聴いていました。
なかでも忘れられない思い出が、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチさんがロンドン交響楽団を指揮したチャイコフスキーの5番。18歳の時、そのコンサートの前半に出させていただいていたのですが、後半に聴いた5番の演奏がものすごく衝撃的に神々しくて。ロストロポーヴィチさんがオーケストラと一緒に生み出す音楽、あれ以上に心に残る演奏にはまだ出会っていません。
クラシック以外でいちばん聴いていたのは、大好きなMISIAさんの音楽。ブロン先生のレッスンに行くとき、iPodに入れて聴いていました。クラシックだとなにを聴いても、「ここはこういうことをしているんだ」と、演奏者の視点で聴いてしまうんですよ。ですから音楽を聴いて純粋に楽しむという意味では、MISIAさんですね。
「あなたにとって心臓とはなんですか?」という質問と同じですね。音楽がなかったら、私は生きていけないと思います。これまでの音楽人生が私そのものだったと思いますし、音楽によって生かされているという感覚があります。私にとって音楽は、自分の存在意義を肯定してくれるもの。言ってしまえば、「人」よりも「音楽」を信用しているところがあるかもしれません。
もちろん人生には、音楽に関係ないところでもさまざまなことが起こりますが、やっぱり音楽って、どんなときにも寄り添ってくれる存在なんですよね。すごく落ち込んで、なにかに頼りたいときは必ず音楽をかけていますし、逆に楽しい気分のときもかけています。そのぐらい私の生活において音楽は、空気のように自然にあるものです。
音楽を自分から切り離すことはできなくても、じつはバイオリンと距離を置くことはあります。3歳半からずっと弾いてきましたが、とても繊細な楽器なので、温度や湿度によって機嫌が悪くなって鳴らなかったり、雨の日などはステージに出た瞬間にコンディションが変わってしまったり……さんざん振り回されて疲れることはありました。けれど、音楽というものにまったく疑いを感じたことがないので、バイオリンをやめたいと思ったことはないのです。
それ私です、私!(笑)先日のNHK交響楽団とのリハーサルで、はじめてにもかかわらず指揮の広上淳一先生に「いやあ、君の場合はもう自由にやっていいよ」と言っていただきましたが、もっと音で遊べるようになれたらと思っています。
「音で遊ぶ」って本当に難しいことだと、最近よく思うんです。とくにクラシックは長い歴史、いろいろな流れがあるわけで、それを壊さず遊ぶのは至難の業。けれど、素晴らしい音楽家、一流と呼ばれる方々は、必ずみんな舞台の上で遊ぶんですよね。私が一緒に演奏している室内楽のメンバーや、マルタ・アルゲリッチさんの仲間の音楽家などは、すごいハイレベルの演奏をしながら、絶妙に遊んできます。「遊ぶ」といっても、身勝手な、ただの自分の主張ではなく、遊べるスペースを相手にもあげることが大切。よく「音のキャッチボール」と言いますが、本当の意味でそれができている舞台は少ないと思います。卓越した音楽家だけに可能な、究極の世界でしょう。
私はステファン・グラッペリも大好きなのですが、音で遊べるという意味においてジャズミュージシャンは尊敬する、憧れの存在です。じつはひそかに「ジャズセッションの仕方」みたいな教則本を買って練習しているんですよ。今さら親切に教えてくれる人もいないので。そうやって最近、ようやく「音で遊ぶ」ということが少しずつ分かりはじめた。といってもまだ足の親指をちょっと入れたぐらいの段階ですが……そうだ! 音で遊べるようになったら「音遊人」に改名しますね(笑)。
木嶋真優〔きしま・まゆ〕
2016年、第1回上海アイザック・スターン国際バイオリン・コンクール優勝。2000年、第8回ヴィエニャフスキ国際バイオリン・コンクール・ジュニア部門にて日本人として最年少で最高位受賞。2011年、ケルン国際音楽コンクールのバイオリン部門で優勝、併せてその優れた音楽的解釈に対しDavid Garrett賞も受賞した。2002年度文化庁海外派遣研修員。2015年秋にはケルン音楽大学大学院を満場一致の首席で卒業、ドイツの国家演奏家資格を取得。現在、日本とヨーロッパに拠点を置き、意欲的に活動を行なっている。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェル、宗次コレクションより特別に貸与されたAntonio Stradivari 1699 ”Walner”。
オフィシャルサイトはこちら