Web音遊人(みゅーじん)

連載26[ジャズ事始め]なぜ穐吉敏子も渡辺貞夫もファンキー・ジャズのムーヴメントに染まらなかったのか?

推論から始めたい。

1940年代から50年代にかけて、アメリカのエンタテインメント業界(を背景としたアンダーグラウンド・シーン)を舞台に、ジャズという音楽の表現方法は飛躍的な進化を遂げることになった。

その源流となったビバップは、1950年代にはハード・バップ、1960年代にはファンキー・ジャズと呼ばれるサブジャンルへと変容していく。

ジャズ史を俯瞰すると、この「ビバップ〜ハード・バップ〜ファンキー・ジャズ」の流れが本流(メインストリーム)とされ、“モダン・ジャズ”とはこの直列を指すという認識が一般的になっていると思う。

ボクもそれを疑わずにジャズと付き合ってきたわけだけれど、ジャズについての原稿を仕事として書くようになると、据わりが悪いと感じることが多くなっていった。

というのも、ビバップが源流であることに異論はないけれど、ハード・バップからファンキー・ジャズへの流れを“幹”のように考えてしまうと、1960年代以降にジャズ・シーンを彩ったユニークなヴァリエーションの“身の置きどころ”に困ることがたびたびあったからだ。

極論を言えば、それらが本流であったなら、すでにジャズは“過去の遺物”になっているはずなのだ。

しかし、ジャズはいまだに絶えていない。絶えていないというのは、型や定番をコピーすることが目的となることもなく、進化し続けている、という意味だ。

となれば、ビバップの方法論が画期的であることは間違いないけれど、その応用編としてのハード・バップやファンキー・ジャズのとらえ方に問題があったのではないか──。

ここで、推論のための仮説を立ててみよう。

それは、ハード・バップからファンキー・ジャズに至ったビバップの“本流”とは、アフリカン・アメリカンという要素を主体としたヴァリエーションのひとつにすぎない、というものだ。

1950年代以降に派生したハード・バップやファンキー・ジャズというジャズのスタイルは、アフリカン・アメリカンが担うことで注目され、それを“ジャズの代名詞”的に扱うことが一般化したのだと思う。

その一般化はマーケティング的にも有効だったため、世界的に用いられるようになった。前稿で触れた「1961年のジャズ・メッセンジャーズ来日」もそのひとつで、日本のジャズ・シーンにおける潮流の変化のきっかけになったことは想像に難くない。

そして、プロ・ミュージシャンとしての穐吉敏子や渡辺貞夫がその潮目を読んだのであれば、渡米の目的は「ハード・バップやファンキー・ジャズを学ぶ(真似る)ため」であってしかるべきだったのに、彼らのその後の活動はそうではなかった。

つまり、渡米して「ハード・バップやファンキー・ジャズを学ぶ(真似る)」ことに意味がないと彼らは察知していたことになる。

だからこそ、ビバップから自身のジャパニーズ・オリジネートなジャズを追求しようとしていた穐吉敏子は日本の“ジャズ・ブーム”、つまりアフリカン・アメリカンが演奏するジャズを“ホンモノ”とあがめる風潮に失望してアメリカへ“戻る”ことを選び、渡辺貞夫の視線はブラジルやアフリカへと向けられるようになっていったのだろう。

このへんの各論を次回から進めてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

神保彰

今月の音遊人

今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」

14379views

音楽ライターの眼

トレイシー・ソーンの自伝的エッセイが刊行。エヴリシング・バット・ザ・ガールを読む

4129views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

8670views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12755views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

21374views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

7212views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13504views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4175views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21823views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9443views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6567views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28269views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13106views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16871views

反田恭平 - Web音遊人

音楽ライターの眼

ユニークな個性が演奏に反映し、聴き手の心をわしづかみにする反田恭平のピアニズム

12812views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

50979views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

6763views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25739views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

14344views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

9431views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2320views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8114views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35091views