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連載3[多様性とジャズ]“ジャズは集団主義の日本において個を解放へと導く救世主”ではなかった?

前稿では、個人主義のザックリとした定義と、集団主義が個人主義の反対語として語られることへの違和感に言及して終わった。

集団主義を日本人の国民性として掲げる意見への賛同は、ボクのなかにも少なからずあったと思う。いわゆる“右へ倣う”ことに無批判なのが多数派であり、個を主張するにはかなり高いハードルを越える必要があると折々に感じていたからだ。

そうした“個の主張”へのフラストレーションが、自由を標榜するジャズへの憧れと結びついて、それこそ無批判に“ジャズは集団主義の日本において個を解放へと導く救世主”であるような勝手なイメージを創りあげていたのかもしれない。

ところが最近、“日本人は集団主義”という通説は誤りであるという意見が台頭している。

「この通説が事実なのかどうかを確認するために、心理学、言語学、経済学、教育学などにおける実証的な研究を調べたところ、日本人は、欧米人より集団主義的だとは言えないことが明らかになった。また、『日本人は集団主義的だ』と広く信じられているという現状は、人間の思考を歪める心理的なバイアスによって作りだされたものであることも明らかになった」(引用:高野陽太郎/東京大学大学院人文社会系研究科教授「『日本人は集団主義的』という通説は誤り」

上記研究発表によれば、“世界で最も個人主義的だ”とされるアメリカ人と“世界で最も集団主義的だ”とされる日本人とを比較した心理学的な実証的研究22件のうち、両者のあいだに「明確な差はない」という結果を報告していた研究が16件、「アメリカ人の方が日本人より集団主義的」という結果を報告していた研究が5件あったとしている。

このほか、言語学的、教育学的、経済学的にも、「日本人が集団主義的」とされてきた内容を覆す報告が挙げられている。

ところがそうなると、“ジャズは集団主義の日本において個を解放へと導く救世主”であることを論考の出発点にしようとしていた本稿は仕切り直さなければならない。

さて困った。

ひとまずここは、“明治の文豪”夏目漱石が1915(大正4)年に上梓した『私の個人主義』を読み返して、日本における個人主義のスタンダードへ立ち戻ってみたい。

『私の個人主義』で言及されている“個人主義”をザックリとまとめてみると、漱石は“自己本位”であることが外圧に屈しないためには必要で、その“自己本位”のためには「他人に対してもその個性を認めて、彼らの傾向を尊重するのが理の当然になって来る」と、相互理解のなかで生まれるものが“個人主義”であるとしている。

「自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪しからんというのは不都合じゃないかと思うのです」(引用:夏目漱石『私の個人主義』青空文庫)

つまり、“個人主義”は“全体主義”に対抗して存在するものではなく、向いているのが右であっても左であっても互いに否定せず、個が混在した全体を認める概念であると言っているのだ。

ちなみに、“右へ倣え”の“全体主義”を危惧する漱石の視点は、日本人の特性への指摘というよりは、彼が見聞した欧州の潮流(例えば第一次世界大戦開戦に関する社会的な背景)ととらえるほうが適切だろう。

そしてまた、ちょうど漱石先生が学習院大学の学生たちを前にして“私の個人主義”についての演説をぶっていたころ、日本にジャズが上陸して広がっていったという“時代の空気感の一致”も、あながち偶然ではなかったのではないか──。

と、漱石先生の威光を借りて(もちろん“時代の空気感の一致”を安易に援用して“個人主義=ジャズ”とするつもりはないけれど)、本稿の論考を進めていくことにしよう。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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